ストレンダム学寮 マロイ舎(3)
横にいる「先輩」をちらと仰ぎ見る。毛で覆われた耳は三角で、頭の高い位置で頭髪から飛び上がるかのように生えている。尾は誰かに当たらないようにするためか垂れ下がっていて、揺れる気配もない。
見上げる高さのこの女性。犬か狼が黒い耳と尾をそのままにして、人の姿に成ったかのようだ。腕や脚の筋肉が他の面々に比べ遥かに発達しているのが分かる。髪色は黒く、癖が強い。
シルフェ達が入口の手前、卓の右端に座り、奥に座る者ほど年齢が高いのだろうと見た目から判断して分かるので、さほど年上ということもないはずだが、間違いなく彼女は「一回り」大きかった。
「クルシャがシルフェと部屋が同じだろうから、色々案内してやってね」
「うん、よろしくね」
「宜しくお願いします……」
左斜め向かいに腰掛けるクリーム色の短めな金髪に何者をも拒まぬ柔和な笑顔を浮かべた少女がクルシャなのだが、こちらはシルフェより背が低いため、一層横に座す獣人のもたらす圧迫感が際立って見えた。
「料理はどうだ、好みの味があるなら言ってくれれば都合しよう」
「いえ、それは……今のままがとっても美味しいですから」
「言われてするのはアタシだけど……って」
そこでマロイが状況に気付き、小さく笑い声をあげる。
「あは、何だレント、怖がられてるじゃないか」
「なっ……そうか、すまない。こんな図体では恐ろしくもなるだろうな。浮かれて配慮を欠いてしまっていた」
「いえ……はい」
ここで否定するのは反って失礼だろうと思い直し、シルフェは小さく頷いた。俯きかけたその顔は、レントと呼ばれた獣人が右手をこちらの肩に置いてきた驚きで跳ねるように持ち上がる。彼女の左手は己の胸に当てられていた。
「だが安心してくれ、それでも性根はこの中で一、二を争うほどの清さであると自負している。取って食いもしなければ理不尽を強いることも無いぞ」
「そう、なんですか?」
レントは誤解を解こうと言葉を繋いだのだろうが、意思疎通が出来ているのか曖昧な二人の様子に助け船代わりの茶化しを言ったマロイだけでなく、他の何人か、そして心がいくらか和らいだシルフェ本人も笑った。レントはこれで印象は多少良くなかったかと安心し、改まって右手を差し出す。
「そう言えばまだ名乗ってもいなかったな。私はレントーハ、皆は縮めてレントと呼ぶから、君も是非私のことはレントと呼んでくれ」
「レントさん、ですね。分かりました」
握手を交わす。凹凸のある大きな手を目にし、握り潰されでもしまいかという恐怖心が一瞬芽生えるものの、彼女は実に優しくシルフェの手を扱っていた。見る者を威圧する強面も、笑顔になれば愛嬌があった。
「ウチには曲者が多いから、常識人は少し苦労するかもしれないわねぇ」
「お前こそ、可愛い新入生に粗相を働くなよ」
隣のレントのそのまた隣にいた、目の細い長身の女性が意味ありげに発した言葉を、レントは鋭く聞き咎める。しかし、シルフェはその言葉が戯れであると理解していた。レントの手に暖かみを感じてから、この学寮の人々が進んで自分達を受け入れてくれていることがよく分かったのだ。
「ここが清め場、トイレは向こう。調理場を通って外に井戸があるから、顔を洗うときはそこでやるといいよ」
「分かりました、有難うございます」
「うん、思い出せなくなったらまた聞いてね」
食事の後、シルフェはクルシャと寮を歩き回りながら、施設の内部に関する説明を受けていた。とはいえ、もともと人数の少ない宿舎であるから、短時間で全体を回り終えることになる。二人は早くも一階を網羅し、玄関から直進した先にある階段前までやって来ていた。
この宿舎はかなり単純な構造をしている。玄関から二階への折り返し階段までの一本廊下を幹として、枝が伸びるように食堂、清め場といった部屋への扉が存在している。
二階は八人、そして寮母マロイの寝室にほとんどを割いている。こちらも構造としては一階と大差ない。違うのは一本廊下の突き当たりにあるのが窓であるということだけだ。
「清め場に入るならこのランプ、持っていっていいからね」
「大丈夫なんですか?」
日は落ち、今は蛍光石のランプが無しではまともに活動できない時間帯だ。晩餐の時にも、天井には二つのランプが辺りを照らしていた。クルシャの手にはそれと同じものが提げられている。
「大丈夫だよ……えと、私たちは先に皆入り終わってるし、予備もたくさんある上に使う人も少ないから」
「分かりました、お言葉に甘えさせて頂きます」
「ふふっ、そんなにきっちりしなくても良いのに」
寮生の間での上下規律がほとんど見られないのは、シルフェ自身も感じていたことだった。このコミュニティにおける仲間意識は相当に強いらしい。