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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
9/864

気高き竜、スー

 スーは気高き竜である。

 スーはスーになる前、大きな泉の近くで暮らしていた。ボコボコと黒紫の色をした泉は毒があって、弱いやつは寄ってこないし、強いやつはスーがやっつけた。

 羽ばたいてすぐのところに、人間という小さい生き物の群れの住処がある。人間は一匹だけならスーの小腹も満たせない大きさだけれど、群れでの狩りはこの辺で一番上手い。他の竜が囚われているところも何度も見たことがある。スーには自分以外は仲間でないので、特にどうとも思わなかったが。


 好きなときに起きて、食べたいものを食べ、いじめたいものをいじめ、岩を砕いたり上昇気流に乗ったりで遊びながら、スーは好きなように生きていた。スーと同じ種類の竜はもう少し弱い生き物の近くで暮らしていることが多いので、ここでは気ままなものだ。スーが生まれたところは人間の群れがもっと大きくて近かったので、煩わしいと思ってここへ来た。人間は攻撃をしてくるくせに、やり返すともっと数を増やしてやってくるから面倒だったのだ。


 ある日スーがいつものように砕いた岩を泉に投げ込んで飛沫を上げて遊んでいると、人間の声が聞こえた。音を立てないように丈夫な木の枝に降り立って耳を澄ませていると、この近くに人間がやってきたらしい。2匹だけとはいえ、スーは縄張りを荒らされるのがイヤだった。


「お客さん、悪いこと言わねえ、やめといてくださいよう。馬もこれ以上は進めないんでさぁ。馬車も通ってねぇ」

「……急いでいる」

「そうは言ったってねぇ、これ以上西に行くなら命懸けですよ。竜にでも乗りゃあガルガンシアにでもすぐに着けるが、この辺に初めて来た冒険者が徒歩で次の街に辿り着くのは半数って言われてる」


 音を立てずに近付いて、上から襲ってやろうとスーは企んだ。馬もいる。少しは腹の足しになるかもしれない。人間の片方はキョロキョロとあたりを見回していたが、スーには気付かなかった。


「竜に乗るのか」

「お客さん冒険者なら知ってるでしょ? 捕まえて竜に仲間だと思わせれば背中に乗れるんでさぁ。でも騎士団だって捕獲に苦労してるって話だし、第一ひとりじゃ」


 いよいよ人間の頭目掛けて飛びかかろうとしていたスーは、頭に強い衝撃を受けて木から落ちた。何が起こったのかわからない。チカチカと点滅する視界に四苦八苦していると、人間の声が近くで聞こえた。


「これにも乗れるか」

「ひいぃっ、竜だッ! 殺されちまうっ……」


 人間の片方は喚きながら馬と遠くなっていく。スーは頭を振って正気を取り戻した。すぐ近くに男が立っていて、そいつがスーの頭に何か当てたらしい。そばに落ちていた棒のようなものを拾おうとしている姿を見て、スーは憤慨した。

 めちゃめちゃにちぎってやるっ。


「お前、乗れるのか」


 めちゃめちゃにスーを殴った人間は、何かをスーに話しかけている。それに返事をする元気ももう残っていない。スーは生まれて初めて悔し涙を流した。

 しかし眼の前にいる人間はこの強くて立派なスーを倒すほどの人間なのである。スーはとても立派で負け知らずだったので、人間にスーを超えられるようなやつがいるとは知らなかった。スーがすごいのだから、そのスーに勝ってしまった人間はよりすごいことになる。


 仕方がないから、スーは人間の仲間になることにした。頭を下げて、名前を付けるのを許した。

 許したというのに、人間は厚顔にもスーの頭を踏み付けて首筋を通って背中に立った。さすがにそこまで許した覚えはない。スーは怒って人間に噛み付こうとしたが、そのたびにどつかれて、泣く泣くそのまま飛行を始めた。


 スーよりすごい人間は、スーにひどい。

 しかしスーの災難は、そこが始まりに過ぎなかった。


 物騒な場所を飛ばされ、名前をねだれば蹴飛ばされ、無遠慮に翼の根本を握って方向を指示され、あっちこっちに飛んで、ヘロヘロでほったらかされた。立派な竜であるスーにこの仕打ち。もう我慢ならないと暴れて、ようやくスーはスーという名前をもらった。相変わらずひどい扱いをされたが、まずは許してやることにする。スーは立派なスーなのだ。


 群れは普通一緒に行動する。人間の群れも住処をそれぞれがすごく近い場所に作っている。スーは人間の仲間になったのだから、もちろんその中で暮らすと思っていた。しかしスーよりすごい人間は、ジャマだからとさっさと小さい森にスーを追いやった。

 何だかんだとこの人間に負けてからはずっと行動を共にしてきたのである。流石にスーは寂しかった。そこでスーは人間を探しに人間の住処に入り込むことにする。こっそりと音を立てなければ大丈夫だと思って。


 色々な形をした人間の巣の上からスーよりすごい人間を探す。そいつはあっさりと見付かった。自分よりも小さい人間を抱えて、今にも巣に入ろうとしている。その小さい人間はさっき見た人間と同じだった。小さいのに、スーよりすごい人間を叱っていたのだ。スーよりすごい人間が反抗しないのだから、もっとすごい人間なのかもしれないと思ったのだ。

 スーよりすごい人間は、そのまま小さい人間を運んで、時々頭を擦り付けていた。それでピンときた。


 ツガイだ!!

 スーはすごくて立派で強い竜だったので誰かと一緒に暮らすことなど考えたこともなかったが、竜の中にはツガイという相手を見付けて一緒に暮らしているやつもいた。ツガイは大事にして、巣穴でしばらく一緒に過ごすと、タマゴが割れて竜がもう1匹増える。よくわからないが、竜にとっては大事なものというくらいは賢いスーにもわかっていた。


 巣の中に入ってしまってもう見えないが、人間にもツガイがいるのだ。今まで興味がなくて知らなかった。ツガイと一緒に暮らしている巣穴には、他の生き物は入れないものである。だからいくらスーがすごい竜であって仲間であっても入れられないのだ。

 スーはようやく納得した。


 スーは空気が読める竜である。なので大人しく、弱い生き物がたくさんいる森を寝床にすることにした。朝になれば人間は外に出てくるから、そのときに会いに行けばいい。スーよりすごい人間が大事にする相手なのだから、小さい人間も仲間なのだ。

 新しい仲間はスーに優しいといいな、と思いながら、スーは静かに飛び立った。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02、2017/09/19)

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― 新着の感想 ―
[一言] スーはカッコよくて可愛くて賢い!!
[一言] スー可愛い!いい子! 寂しくて可哀想です。 どうかスーに優しい日々が来ますように。
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