冬にはあったかい鍋が14
丘陵地を駆け抜ける凍てついた風は、スーが防ぎ、さらに巨大なアズマオオリュウさんたちがお座りしているせいで、私には少しも当たらなくなった。
それはいい。
それはいいんだけれども。
「視線を感じる……」
私の全身よりも大きなおめめが、じっと、じーっとこっちを見下ろしている。その数、4対。大目玉を食らうって、もしかしてこういう状況のことだったんだろうか。
「………………鍋はその……人数分しか作ってないので……」
そっと手で鳥肉を隠しながら話しかけてみるも、アズマオオリュウさんたちは小さく喉を鳴らすだけだ。小さいといってもアズマオオリュウ基準での小声なので、電車の汽笛くらいの迫力はある。
少し前、私とフィカルが寒空の鍋タイムをしていると、なぜかアズマオオリュウさんがやってきて近くに座った。非社交家のスーが牙を剥きながら吼えたので一歩下がったけれど、それでも逃げることなく、大きなおしりを大地に乗せてじっとこちらを見つめたのである。
焼き鳥をリクエストしているのだろうか、と最初は思ったけれど、さらに巨大な頭がひょっこりと顔を出し、おすわりの数が増えて、なんか違うかもと思ったのである。
「風避けになってくれてる……のかな?」
アズマオオリュウは巨大なので、お座りして翼をゆるく浮かせるともはや壁だ。その壁が四方を覆っているので、天井のない建物に入ったような感じがする。風の音は大きな鱗に跳ね返され、薄曇りの明かりも上からのみになった。
「ピギャオーッ!!」
「あ、通訳のひと〜」
どたどたと戻ってきたのはアルだった。相変わらず竜らしからぬ足音を立てながら走ってきたアルは、私たちを囲む竜の1匹にドシッとぶつかる。甘えているのか文句を言っているのか、ピギャピギャオッ! と鳴いたアルにぶつかられたアズマオオリュウさんは優しく鳴き返していた。
「ピギャウッピギュルオウッピギョウーッ!」
「なんて?」
私たちの元にやってきたアルは、フガフガ鼻を鳴らしながらどしどし足踏みしている。
ごはんできたならよんでよーっ、だろうか。通訳のひとではなく、おねだりのひとだった。
私が冷ましておいた器を持ち上げると、アルはサッとお座りしてパカッと口を開けた。野菜もお肉も肉団子もまとめてギャムギャム食べて満足そうに喉を鳴らす。しかしすぐ後にハッと気が付いたように立ち上がって、ピギャピギャと何か訴えている。
「おかわりほしいの?」
差し出すと、おかわりは貰う。けれど、言いたいのはそうじゃないらしい。アルは私の隣に来ると、鼻筋を私の腕に当てた。
「早く戻れと言っている」
「あ、やっぱりそうだよね」
本当は背中を鼻で押したいけれど、スーがいるので押し退けたら怒られる。なのでアルは腕にそっと触れるだけのアピールをすることにしたらしい。
「アル、寒かったら先に入ってていいよ。温泉行ってなよ」
「ピギャウォーウッ!!」
入口と私たちを交互に見て、アルが鳴く。
おこぼれはいただきたい。だけど、あったかい場所にも行きたい。
そんなジレンマがアルを悩ませているようだ。
私たちもあったかいところは好きだけれど、鍋は温泉で食べると魅力が半減してしまう。そう説明してもアルにはピンと来ないようだ。
しばらくピギャピギャと説得していたアルは、またブシッとくしゃみをすると渋々温泉に戻っていった。寒さゲージを減らしに行ったらしい。
私はお鍋のおかわりをした。
「…………」
こころなしか、上からの圧が強くなった気がする。
見上げると、大きな目がそれぞれ、物言いたげに私をじっと見つめていた。
「アルはその……もう自分で行動できるお年頃ですから」
親御さん的に、仔竜のお願いを聞いてあげないのはちょっとどうかと思ったらしい。私の言葉に、それはどうかしらと言いたげな鳴き声が返ってきた。
気圧が変わりそうなほどの視線を浴びつつ、私は鳥肉を急いで口に入れた。




