冬にはあったかい鍋が7
「醤油が……半分に……」
焼き鳥試食会をしていたら、いつの間にか、瓶がとても軽くなってしまっていた。
まだ列は続いている。けれど、この勢いじゃすべて使い切ってしまう。
アズマオオリュウさんたちが醤油の味を気に入ってくれたのなら嬉しい。嬉しいけど。でもこれはお鍋に使うために持ってきたのであって。まだ一度もお鍋をしていないのであって。醤油は生活の必需品であって。
私が醤油の入った瓶を抱き締めながら悩んでいると、仰向けで昼寝をしていたアルがむくりと起き上がった。ピギュピギュ鳴きながら近付いてきて、私に鼻を寄せてフガフガする。
「ピギャッ!」
「アル」
大きな目をパチパチさせてじっと私を見ていたアルは、赤ちゃん竜たちを起こさないようにそっと抜け出すと、行列を作っているアズマオオリュウのところに歩いていった。
「ピギャオウッピギュルギャウッ」
なにか主張している。
翼を揺らしながら鳴いて、それからごすごすと頭突きで列を押し返そうと頑張っている。アルは醤油の急激な現象を知って試食会中止を告げようとしているようだ。
アルはオオリュウ属のアズマオオリュウなのでリュウ属の平均よりは少し大きいけれど、相手は成竜なのでもっともっと大きい。私だったら簡単に転がされるような頭突きでも、相手のアズマオオリュウさんはびくともせず、かわいいなあと言いたげに鼻を鳴らしてマシュマロクッションを落としていた。
アルの気持ちは通じていないようだ。一生懸命鳴いてはビョンビョンジャンプして体当たりしていても、列に並ぶ竜たちはむしろかわいいアルを眺めたいとばかりに密度を増すだけだった。
「ピギャオーッ!!」
いつもは大きな甘えん坊なアルが、ここではちっちゃな甘えん坊に見えてくる。かわいいけども、意図は伝わっていない。
やはり醤油消費は避けられないかもしれない、と思っていると、のんびりしていたアルのおかあさんがゆっくり体を起こした。赤ちゃん竜や私たちを踏まないようにそっと鼻を寄せてからアルのそばに慎重に移動すると、おもむろに口を開けた。
アルもたまにガッと口を開いて威嚇したりするけれど、迫力が違う。
アルの威嚇がティラノサウルスだとしたら、アズマオオリュウのおかあさんの威嚇は星を飲み込まんばかりの壮大な迫力だった。人間だったら、1クラス分くらいは余裕で丸呑みしてしまいそうだ。
「おぉ……」
アズマオオリュウの吼える声はものすごく大きいので、それを警戒して思わず首を竦めたけれど、アルのおかあさんはガッと牙を見せただけだった。そして一歩下がった列の竜たちに、次は頭突きを食らわせる。それがまた迫力で、大きな岩同士がぶつかっているような、思わず怯むほどの音がしていた。
そ、そんなに力強く追い払ったりして大丈夫かな。
つい心配してしまったけれど、アズマオオリュウさんたちはお互いに巨大なので、頭突きをされても倒れるほどではなく、押されて下がっている感じだった。文句で空間を震わせている竜たちは、頭突きをされるとやーんと言いたげに身を捩って温泉にドボンドボンと逃げ込んでいる。
盛大に水飛沫を浴びたアルのおかあさんがブルブルッと頭を振ってその滴を周囲に飛ばすと、列はもうすっかりなくなっていた。
「ピギャォオーッ!!!」
ハイテンションなアルがジャンプしながらその尻尾に抱きつくと、アルのおかあさんは振り向いて優しく鳴いた。それからゆっくりとこちらに戻ってきて、鼻先を私の上にそっと寄せる。
「アルのおかあさん、ありがとうー!」
私もアルに負けず大きい鼻先に抱きつくと、低い鳴き声が体に響いてきた。
さすがおかあさん。
アルも褒めると、得意げな顔でムンと胸を張っていた。そしてその張った胸に赤ちゃん竜たちがよじ登りはじめる。
「スミレ」
振り向くと、フィカルができたての焼き鳥を差し出してくれた。
醤油の瓶をしっかりしまい込んでから、私はようやく焼き鳥の串にかぶりついたのだった。




