ショウミー・ショウユー23
「この辺は中々物騒でしてねえ……何でもほしいものをいってみるといい」
キルリス総帥のご威光は王都の裏路地にも行き届いているようで、おじいさんは快く商売をしてくれた。
「欲しいものっていっても、買うものをメモした紙が燃えちゃったんですよね。なぜか。どうしたらいいと思いますか?」
私もキルリスさんを見習ってメモを燃やされたことをネチネチ指摘すると、汗をかきつつ謝罪してくれたのでよしとする。何となく覚えていたものをあげると、おじいさんは素早く用意してくれた。
「あと、調味料に使えそうなものが他にあったらお願いします。マズいとか苦いとかはなしで」
「はいはい、何でもどうぞ。うちのは毒殺にも使えるほど……いやいや、もちろん会則に反するようなことはしておりませんがね、もちろん。うちは師会の許可も王都の許可も取ってやってる訳ですからね、長年」
「毒なんか売っていいんですか?」
「お嬢ちゃん、魔草ってのは毒にも薬にもなるものが多いんでねえ。私ども魔術師は正しく使う知識を持っているので特別に売買しているわけなんだねえ」
おじいさんのプライドと保身が混ざった説明を聞きながら、私は「体に悪影響のないもので」と注文をつけた。結果、いくつかの瓶や木箱に入った謎の乾物や液体を買うことになった。
「おいくらですか?」
「いえいえいえ、総帥様のお知り合いからお金を取るわけにはいきませんからねえ。どうぞ好きに持っていっておくんなさいねえ」
「いえ、払います」
なんかこういうところでタダにしてもらうと良いことない気がする。お母さんがタダより高いものはないって言ってたし。私が頑固に言い張ると、おじいさんはメモを燃やした分だと割引しながらも値段を言ってくれた。
商品をフィカルと手分けして持って、猫撫で声でお見送りするおじいさんを一度振り返った。
「ありがとうございました。あの、ないと思いますけど、一応」
引き攣った愛想笑いを浮かべているおじいさんに、私も愛想笑いしながら左手を見せる。
「この指輪」
「ええ、ええ、もちろん、こちらに悪意はありませんからねえ、少しも」
「うちにはもっとすごいのがあるんですよね。魔石」
「それほそれは、さすがでございますねえ。お困りの際にはこちらにお預けになってくださいねえ」
魔石と聞いた途端にギラっと目が光ったのは、さすが魔術師だ。魔石は高値で取引されているし、そもそも市場に出ることが珍しいからだろう。
でも、私が言いたいのはそんなことではない。
「私、魔力なしなので、どんな魔石でもいい感じに使えるんですよ」
「魔石を使える!? 魔力なしなのに?!」
「はい。もしおじいさんが悪い商売をしていたら、やばい魔石を全部持ってやっつけに来ますのでよろしくお願いします」
「な、なんだと!?」
おじいさんは驚いていたけれど、嘘ではない。
うちに暖炉の飾りになっている魔石が何個かあるけれど、全部魔石だ。そして私は、あれを使える。
普段、あれを使ってアネモネちゃんと遊んだりしてるから。
もちろん魔術でどうこうとかはできないけれど、持って振り回せば武器として使えるし、頑張ったらおじいさんに投げつけるくらいできると思うので、やっつけるだって嘘じゃないはずだ。たぶん。
あとあの魔石はめちゃくちゃ強力な守護がかかってるらしいので、その方面からもいい感じにやっつけられるはずだ。
「王都には魔力なしがたくさんいますよね。つまり、私のお友達も沢山いるんです」
「か、監視するつもりか……!」
王都に人が沢山いるのは見たらわかることだし、竜愛会のモットーは「竜を愛する人はみんな同志」だからお友達だ。ロランツさんたちも王都に滞在していることが多いから、王都のお友達と形容しても間違いではないし。
監視という言葉はちょっとわかりかねたので、微笑んでおいた。
「おじいさんは親切で悪いことしないから大丈夫ですよね。またよろしくお願いします」
私が頭を下げると、やけに汗をかいたおじいさんはうめき声でお見送りしてくれた。ドアを閉めて裏路地に出ると、店内がなんか騒がしくなっている。
「いい感じに誤解してくれたね。キルリスさんの名前借りた恩返しになったかな?」
何か怪しい取引とかあったりするとキルリスさんの仕事が増え、イライラも増えて、ナキナさんたちが忙しくなりそうだ。
ちょっとだけでも平和になったらいいなと思った。
「魔石、王都に置いておく?」
「それは逆にキルリスさんに怒られそうだよフィカル」
実際に石で殴りつけたら私が新聞の一面を飾ってしまう。私はフィカルの提案に反対をして、それから路地で待っていたスーの喉を撫でた。
「全然知らない調味料がいっぱい手に入ったし、今日は味見大会できるね!」
開催場所はもちろんキルリスさんのお屋敷である。
ウキウキしながら戻ると、ナキナさんたちがメソメソしながら助けを求めてきた。その背後には短時間で作られた書類の山がある。
私たちはお屋敷の片付けをやり直すことになった。




