ショウミー・ショウユー17
魔術師会の実質的な本部であるキルリスさんのお屋敷は、確かにピリピリしていた。
正面の大きな門に乗り付けた馬車から、ローブを着たおじいさん二人組が怒鳴りながら出てくる。それに頭を下げたのち、せかせかと敷地から出たかと思うとパッと消える若い魔術師。あちこちから聞こえるヒステリックな叫び声。
「なんか……すごく忙しそうだね……」
「ピギュ」
私たちは一応キルリスさんのお客さん、つまり総帥の賓客という立場なので、お屋敷に行くとそれなりの人たちに歓待されることになる。こんな忙しいときにわざわざそんなことしてもらうのも気が引けるし、お出迎えしてくれる皆さんも「この忙しいときに」と迷惑に思うだろう。
「夜まで待って、もうちょっと落ち着いてからお邪魔する? ジャマキノコはすぐに渡したいんだけど」
「荷物だけ置いて行く?」
「そ、それはちょっと」
少し離れた場所で話し合っていると、アルが先に飛び立ってしまった。バッサバッサと飛んだアルは大きな正門を越え、物々しい建物を越えていく。慌ててスーに乗って追いかけると、アルは勝手知ったる他人の家という感じで中庭にドスンと着地した。
「アル、急に行ったら怒られるよ!」
「ピギュギャル」
中庭に面した窓は全てが黒いカーテンで閉められていたけれど、アルの騒々しい着地音は聞こえていたはずだ。しかも魔術師がたくさんいるのだから、こんなに魔力が多い魔獣に気付かないわけはない。
侵入者として捕まったら、許してもらえるまでアルにみんなおともだち作戦を決行してもらうしかない。
私がどの窓からキルリスさんが怒鳴るか身構えていると、フガフガと空気を嗅いだアルがひとつの窓に近付いた。
「ピギャオーッ!!!」
中から数人の悲鳴と、がしゃーんと何かが壊れる音がした。少しの騒がしさののち、カーテンが開いて窓が開けられる。
「ひいいい竜ッ!!」
「あ、ナキナさんすみませんアルです! そして私たちです!」
「ひええええスミレさんんんっ!!」
ピンクのロングヘアをボサボサのつやなし無造作スタイルに変貌させているナキナさんは、慌てた様子で窓からズルッと中庭に出てきた。慌てて近寄ると、ヘロヘロと起き上がり、そしてヘロヘロと座り込む。
「ま……幻……?」
「本物です。大丈夫ですか? なんか大変そうだったんで差し入れ持ってきました」
「女神……?」
どこかうつろな表情のナキナさんは、フガフガと鼻を寄せるアルの鼻息で髪を揺らしながら「本物だ……」と呟いていた。想像以上の忙しさだったらしい。
私がジャマキノコの薄切り(一夜干し)を差し出すとナキナさんは震える手で受け取り、そのままモシャモシャ食べ始める。ハロウィンカラーのシワシワな薄切りが小さい口に機械的に吸い込まれていく様子はとてもシュールだった。
もしゃもしゃと食べ終わったナキナさんは、ふうと大きく息をついた。
「……そういえばごはんを食べ忘れてました……生き返る……」
「大丈夫ですかナキナさん。いっぱい持ってきたんで皆さんで食べてください」
「あぁ〜優しいです〜その優しさが今私の心に一番沁みるんですうぅ〜」
またヘロヘロになったナキナさんは、そのまま足元に生えていたジャマキノコに顔を伏せるようにもたれかかった。
「うう〜かわいい……ジャマキノコかわいいよう〜」
「大変!! ナキナさん幻覚を見てる! 正気に戻ってナキナさん……ナキナさん?!」
慌てて肩を揺さぶると、ナキナさんがゴロリと地面に倒れた。
「しっ死……」
「うーん……ヒィッ」
青白い顔にぐったりした体で一瞬ドキッとしたけれど、ナキナさんは直後にビクーッと飛び上がって起きた。私よりびっくりしてたっぽいナキナさんが額の汗を拭う。
「ふう、ちょっと寝ちゃってました。一昨日の思い出が脳裏に」
「だ、大丈夫なんですかナキナさん」
「大丈夫です!! こうしてちゃんと睡眠も取れたしお腹も満たされましたから!」
「どこもちゃんとしてないし満たされてないと思います」
ヘロヘロな状態で笑って立ち上がったナキナさんは、どこからどう見ても大丈夫ではなかった。現に、ありがとうございました〜とお礼を言ってそのまま窓枠を登ろうとしているあたり理性が旅に出ている。
落ちそうなナキナさんを支えて室内に戻すと、私も後ろからついていった。部屋の中は書類が舞い、色んなものが最大限にとっ散らかっている。その中で明らかに徹夜を繰り返した魔術師たちが見えない何かと会話したりスンスン泣いたりしながら仕事をしていた。
「フィカル、ちょっと手伝おう。このままじゃみんな倒れちゃう」
「何をする?」
「うーん、とりあえず私は書類をまとめてみる。フィカルは持ってきたジャマキノコですぐ食べられるやつをみんなに食べさせてあげて」
「め……めがみがふたり……へへ……」
昇天しそうなナキナさんを現世に引き留めつつ、私は近くに積んである書類に手を付けた。フィカルは魔術師の顎をこじ開けてはジャマキノコを供給している。
「ナキナ助けてくれ、また草案が返ってきた!!」
「わーい、ジャマキノコかわいい〜」
「ナキナさん戻ってきて!! 見えちゃいけないものが見えてるから!!」
こうして王都滞在の初日は、思わぬ仕事に追われることになったのだった。




