それぞれのビューティー・バトル10
「アネモネちゃん! バラバラにされちゃうよ! アネモネちゃん!!」
アズマチャカシドリのクチバシは痛い。ダチョウみたいな平たいクチバシなので先端が鋭いわけではないけど、大きいし勢いをつけてつついてくるので結構な衝撃があるのだ。人間の私なら、頭や背中をつつかれても「痛い」ですむけれど、アネモネちゃんみたいに華奢な魔草に当たってしまったら、確実に取り返しのつかないことになってしまう。
「私が戦うから! アネモネちゃんは近付いちゃダメ!」
私の言葉に、紺色の花が揺れた。くるりとこちらを振り向いたアネモネちゃんはまたアズマチャカシドリを見て、白い根っこの脚をたしたしと踏み鳴らす。アズマチャカシドリは口を大きく開けて叫び、羽毛の体を膨らませた。
「アネモネちゃん……!!」
攻撃される。
そう思った瞬間、アネモネちゃんは身を屈めた。
いや違う。
アネモネちゃんは近付いてきたクチバシを避けたかと思うと、私が握っている魔石の上に座っていた。私の人差し指と中指の間に根っこの付け根をのせるようにして腰掛けている。
確かにクチバシは避けたけど、座ってしまったら動きが制限される。アネモネちゃんの素早さなら逃げられるかもしれないのに、どうして自らその可能性を潰したのだろう。
アネモネちゃんは、前方からアズマチャカシドリ、後方から私に見つめられながらも、緑色の魔石に座っていた。それだけじゃない。レースのようにひらひらした柔らかい葉っぱを曲げて私の指に置き、姿勢を傾け、根っこの先をぱたぱたさせている。
ここが森の中で、アズマチャカシドリにビューティーバトルを仕掛けられている最中でなければ、のんびりくつろいでかわいいアネモネちゃんだと思っただろう。
どうしてこんな場所で、こんな状況でそんなに隙を見せてしまうのか。
私は不安に駆られて声を掛けようとして、ハッと思いついた。
「アネモネちゃん……」
もしかしてアネモネちゃんは、相手を油断させようとしているのではないだろうか。
アネモネちゃんはこう見えて結構アクティブだ。天気の良い日は森に散歩に出掛けるし、アルや子ヤギちゃんの背中にも駆け上る。
トルテアの森にひとりで散歩に行くということは、魔獣や野獣から生き延びる術を持っているということ。アルや子ヤギちゃんは友好的とはいえ、魔力の強い魔獣に対しても物怖じせずに近付くことができるのがアネモネちゃんなのだ。
もしかして、アネモネちゃん、アズマチャカシドリに勝てると踏んだのだろうか。
アネモネちゃんが魔獣と戦っているところなんて一度も見たことがない。なので森で襲われたときは恐らく、逃げ回って翻弄することで相手を撒くのだろう。その技術のひとつとして、あえて隙を見せて相手を油断させ、逆に相手の隙を突く戦法があるのかもしれない。
あるいは。
アネモネちゃんも、ビンタ攻撃をすることがある。ビンタは魔草に対してやっているところしか知らないし、アネモネちゃんの柔らかい葉っぱに叩かれてもそれほど強いダメージはないだろう。けれど、相手が油断しているときにペチッとお見舞いすれば、油断している分だけ相手は驚いて動きを止めるはず。
私だって、こんなにかわいいアネモネちゃんが突如野菜をビンタしたときはめちゃくちゃビックリしたし。アズマチャカシドリが調子に乗っている状態なら、同じくらいにビックリして動きを止めるはず。
私は深呼吸して、肩の力を抜き、そして脚を肩幅に開いた。
もしアネモネちゃんがそうやって相手の虚をつくつもりなら、私がその次の攻撃を引き継ぐべきだ。アネモネちゃんが相手を油断させたところで、私が魔石を押し付けながら畳みかける。そうすればアズマチャカシドリは面食らって逃げていくだろう。
私とアネモネちゃんは今まで、息の合わせた行動を何度もしてきた。
ハンバーグの挽肉を捏ねているときも、ベーコンの味付けをしているときも、アネモネちゃんは私とぴったり息を合わせてスパイスを調合し、私はベストな状態の香りをお肉に封じ込めてきたのだ。
私たちならできる。
私は気持ちを落ち着かせて、アネモネちゃんの動きを待った。




