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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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春の冒険者たち5

「スミレッ! ウロコ集まってないっ!」

「あぁ〜竜がこわくてわすれてたぁ、どうしよぉ」

「ぼくも、1枚だけ……」


 マルスがサッと視線を向けると、同じく立ち直ったらしいヒメコリュウがシュッと距離を取り、遊ぶ? 遊ぶ? と目を輝かせている。捕まる気はないらしかった。マルスは溜息を吐いて諦める。


「えっと……じゃあもう一度探そっか」

「せっかくたくさんウロコ落ちてたのにっフィカルのせいだぞっ」


 ぶーぶーと文句を垂れる3人にもすまない、と謝って、フィカルはおもむろにスーのウロコを剥がした。いきなり生えているものを引っこ抜かれたスーは「ピギョッ!」と仰天し、ルドさんは「仮にも竜相手に……」とドン引きしていた。文句を言っていた子供達は差し出されたウロコに夢中になっている。


「すげーでっかい!!」

「わたしね、あそこの明るい色がいい」

「ヒメコリュウより固くてあざやかだね」


 あっちだこっちだと吟味された挙句、フィカルに容赦なくウロコを剥がされてしまったスーは、3人が仕事を完遂した後には涙目でグッタリしていた。お疲れ、と声を掛けると、グゥと口の中で返事する。暴れていなければなかなか可愛いやつかもしれない。


「じゃあギルドに戻ってミッションコンプリートだー!」

「おー!!」

「やったー!」

「みっしょんってなに?」


 森の出口に近付くと、冒険者が物々しい雰囲気で集まっていた。最初はフィカルの後ろをトボトボと付いてくる竜に誰もが殺気立ったものの、事情を話すと誰もがあんぐりと口を開けた。ちなみにスーは「飼う場所がない」という理由だけでフィカルにあっさりと家に付いてくることを拒まれ、懐いたらしいヒメコリュウと再び森へとトボトボ帰っていく。非常に哀れみを誘う姿だった。


「おかえり、勇敢な冒険者くん達。持ってきたウロコを貸してくれるかい?」


 ギルドの事務所で待っていたコントスさんにそれぞれがウロコを渡すと、魔術の力で3枚のウロコは一枚の四角いカードになった。名前と冒険者ギルドとだけ記された、タマゴのカードである。


「初めからベニヒリュウのウロコで作ったカードだなんて、君達は将来有望だな」

「だろ?! すっげー冒険だったんだぜ!」

「きれーい、赤色のカード!」

「ここ、ぼくが拾ったヒメコリュウのピンク……」


 今日誕生したばかりの小さな冒険者達は自分だけの色を持つカードをキラキラした目で見つめている。その背後では保護者達がウルウルした目で見つめていた。他の班の子供達もそれぞれ自分が集めたウロコがカードになったことに感動して、皆で見せ合ったり大人の冒険者と比べたりと賑わっていた。大変微笑ましい光景である。


「スミレッじゃあな! ナイスリーダーだったぜ!!」

「また一緒に遊ぼうねぇ〜」

「またね」


 フィカルと共にギルドの外まで出てそれぞれの親と一緒に帰っていく子供達を見送っていると、どっと疲れが出た。竜のことでわいわいと賑わっている冒険者達の中から、所長のガーティスが声を掛けてくる。


「スミレ、よく頑張ったなぁ! 今日はもう休んでいいぞー! フィカルも今日は結論が出そうにないから帰っとけ!」

「はーい、ガーティスさん達、また明日」


 いつもよりも人の出入りが多いギルドでは、長居しているとそのまま冒険者達の武勇伝大会や飲み会になだれ込んでしまいかねない。早めに食事をして休むために、フィカルにも別れを告げて事務所の2階に登ろうと考えていると、フィカルが私の肩に左手を置いた。


「ん? 何か用事あった?」


 ふるふる、と頭を振るものの、フィカルは手を外さない。そして右手で私の鼻先を指差し、それから道の斜め向こうを指差した。あっちの道は、私とフィカルが前に暮らしていた家がある。


「あれ、言わなかったっけ。私今ここの上で……」


 ふるふる。


「いや、違うじゃなくてね。大体私の部屋だったところも掃除してないし」

「した。朝」

「したの? 仕事が早い……じゃなくて、明日も仕事だし、荷物も運んでるし」


 ここに来てからがそもそも浅いので荷物と言っても衣類くらいしかないけれど、今日は色々と体を動かしたので着替えは絶対だ。ギルドには大きなお風呂があるので、そこで汗も流そうと思っている。そんな私の背中にべしんと重い衝撃があった。ギルドの肝っ玉母さんことメシルさんである。手には布包み……見慣れた柄のそれは、どうやら私の着替えらしい。


「フィカルも帰ってきたし、戻るんだろ?」

「え? いや」

「少ないけど食料も運んどいたから」

「ちが」

「夜勤はまた相談だね。今夜はゆっくりしな」


 言うだけ言って中に入ってしまったメシルさんを目で追いかけて途方に暮れていると、フィカルがふぅ……と溜息を吐いた。いかにも「仕方ないなぁ」と言いたげな立派な溜息である。それからフィカルは私の脇に両手を入れて、お得意の抱き上げ方でそのまま歩き始める。フィカルの頭越しにはギルド前で集まっていた冒険者が手を振るのが見えた。ルドさんも苦笑している。それに手を振り返して、私も諦めの溜息を吐き出す。


「わかった。私も家に戻る。でも自分で歩くから」


 あれだけ竜とたわむれて疲労ひとつ感じていないらしいフィカルは、満足そうにこっくりと頷いて私にスリスリと頬擦りして、結局そのまま家まで私を運んでいった。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02)

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[良い点] 有能な飼い犬よ あわれな竜よww
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