降り積もる死の美しき104
「死ぬって、レオデニールズさんがですか?! 大丈夫なんですか?」
「大丈夫かどうかはあちら次第だ」
「えぇ……どういうことなんですかそれ……」
イスに座って脚を組んだキルリスさんは、いつも通りの尊大な態度だ。テーブルに頬杖を付いた手がさっき見せてもらった手なので、本人の言っていた通り傷はもうなんともないらしい。それはいいとして、全然良くない部分がまた出てきてしまったけれども。
「会則特例81条とは、魔術師会総帥と師会魔術師によって契約される秘匿誓約だ」
「…………つまり?」
全然わかっていない私が口を挟むと、キルリスさんはフンと鼻を鳴らした。
「基本的に、魔術師会総帥は魔術師に対し尋問の権利を持つ。権利及び魔力の行使によって、魔術師個人が持つ情報を聞き出すことができる」
「物騒ですね」
「まあ、普段から実質的に使われることはないがな。他派に首を突っ込めばそのまま頭を落とされかねん行為となるし、そもそも同じ里の者でも隠し事は多い。いちいち問い詰めていたらいくら時間があっても足りん」
「でも、さっきはその権利を行使しようとしてたんですよね」
キルリスさんは軽く頷き、そして片手を振った。するとフィカルがカギをかけたはずの窓が開き、部屋の中から大きな氷の塊が外へと飛んでいく。上手にキャッチしたアルは、キルリスさんにピギャッとお礼を言って氷を一度落としてしまったあと、抱えて遊び始めた。窓は自動的に閉まり、キルリスさんは話を続ける。
「この尋問への対抗手段として用意されているのが、会則特例81条なわけだ」
「秘密の誓約なんですよね。えーと、尋問されたときに誓うってことは、秘密を守るって誓うってことですか?」
「部分的には合っているが、これを適用した場合、尋問内容について回答する必要はない。自分の命を差し出すことで回答を拒否する権利を得るのだ」
説明を聞いていても、やっぱり物騒なことに変わりはなかった。
魔術師のトップは、魔術師たちに対して問答無用で情報を吐かせることができる。けれどそれには例外があって、命と引き換えにその情報を守ることができる。
「あの、それってすごく不平等じゃないですか? さっきのアレで、キルリスさんはレオデニールズさんのその、命を左右することができるようになったってことですよね」
「そうだが」
「それってその、もし、もしですけどキルリスさんがすごく悪い人だった場合、教えなければ殺すぞってできちゃうんじゃ」
「もし、でなくてもやるくらいには私は善人でないつもりだが、これはこれで効力がある」
まず、とキルリスさんが前置きした。
「そもそも会則として、魔術師は魔術師およびそうでない人間に対して正当な理由なく脅威となる行為をしてはならないという第一前提がある。この前提は全ての会則に適用され、違反した場合は重い罰が与えられる。これは総帥である私も例外ではない」
「えーと、他の魔術師に対して悪いことをしてはダメだから、81条を使ってもキルリスさんが脅したりしないってことですか?」
「ひとつの理由としてはそうだ。もうひとつとして、この前提は誓約した側にも適用される。害のある情報を秘匿したのであれば誓約は破れ、即座に命を落とすことになる」
「即座に?」
そうだ、と頷いたキルリスさんは、誓約の魔術について説明してくれた。
私が見ていた限りでは、手のひらに浮かんだ紋章が、交換されるみたいにお互いの手に吸い込まれていった。けれど、魔術の本質的に、この誓約は自らにかける呪いみたいなものらしい。
誓約を立てた側、つまりレオデニールズさんは「有害ではない情報を秘匿する」という誓いを自らにかけた。それが嘘だった場合、魔術が発動して死んでしまう。自分が嘘をついているかどうかは自分がよくわかっているので魔術は正確に発動するらしい。
反対に総帥側であるキルリスさんは、その誓約の証人となることを自らに課したらしい。レオデニールズさんの誓約の魔術が発動すればキルリスさんに伝わるので、その死を確実に見届けなければいけないという誓約がキルリスさんには課されているそうだ。
「もし本当に聞き出す必要がある情報なら、わざわざ脅すまでもなく誓約によって死ぬか、もしくは総帥の魔術で死ぬ。そうでないなら、それほど重要な情報ではない」
「だから、あんなにあっさり諦めたんですね……」
「そもそもこんな物騒な会則を持ち出して頷くなんてよほどの阿呆か正直者かの2択だからな」
内容はわからないけれど、危険ではないことがわかった。それだけで十分だと判断したのだろう。
キルリスさんが納得してくれたのはよかったけど、レオデニールズさんは自らの命を危険に晒してよかったのだろうか。命を張ってまでトルリルタさんたちを守るというのは、派閥を大事にしている魔術師であれば普通以上に難しいことのはずなのに。
とはいっても、キルリスさんが何も罪を犯していない人の命をどうこうするなんてありえないから、それをわかった上での判断だったのかもしれないけど。
「想定していない結果だが、まあ上々だ。レオデニールズ・ナーズはその名の通り正ナーズ、それもなかなかの切れ者ときた。腐った里を片付けずこんな片田舎に引きこもっているのが腹立たしかったが、これからはそれなりに使わせてもらおう」
「き、キルリスさん……」
フハハハハハと高笑いするキルリスさんに、私はやっぱり不安になった。
レオデニールズさん、今頃後悔してないだろうか。クーリングオフが適用されそうにもないですよ。




