降り積もる死の美しき101
「正直に言え!」
「森で迷った」
「微に入り細を穿つ描写をしろ!!」
「迷った」
絶対零度の火花が飛び散るなか、私はオロオロするしかない。勇気を出してやってきたモイノさんも、オロオロしながら青い湯気の出るポットを換え、オロオロしながら食堂を出て行った。レオデニールズさんだけが泰然としている。
見ているだけで凍りそうな火花を鎮火させたい。だけど、消火するような説得力のある説明を私ができる自信はない。というかほぼ確実に事実を暴露させられてしまう。でもこのままじゃキルリスさんがブチギレて私たちとの関係にヒビが入ってしまうかもしれない。
キリキリする胃を抱えながら考えていると、カップを置いたレオデニールズさんが口を開いた。
「両者、そのあたりで。我が街で無用な揉め事は起こさぬよう」
「無用かどうかを判断するのは貴様ではない。意図的な魔力遮断をナーズは放置するつもりか?」
「無論、そのようなつもりはない。我々はまともな魔術師だからな」
まともな、のところを強調して言ったレオデニールズさんとキルリスさんが、また新たな火花をバチバチさせる。2人の髪が風もないのに揺らめいていて、悪夢に出てきそうなくらいに恐ろしいオーラを放っているように見えた。
レオデニールズさんがすっと片手上げる。すると、ドアの隙間から様子を窺っていたレオデニールズの魔術師たちが3人走ってやってきた。ひとりがさっとテーブルを拭き、もうひとりが抱えていた書類をそこへ置き、3人目がそれをサッと整えて、同時に頭を下げると素早く去っていく。全速力で走っているのに足音ひとつ立てないのは、魔術でも使っているのだろうか。
レオデニールズさんはその書類を手に取ると、キルリスさんの方へと差し出した。
「ユービアスの森に関する数百年分の調査資料だ。森の奥の地点には、我々の先祖が魔術実験をした痕跡がまだ残っている場所がある。その痕跡による影響及び安全性は定期的に観測され、問題ないとしているのでご安心いただきたい」
それは……捏造した記録なのでは……
そんな書類でほぼ千里眼といってもいいキルリスさんを騙せるものなのだろうか。思わず心配になるけれど、キルリスさんが手に取った書類にはかなり年季が入った紙も含まれていた。キルリスさんの目がすーっとその書類を追い、そして次の紙へと移る。ペラペラと紙を捲っているけれど、あの速度で読めているのだろうか。
「観測範囲と頻度についての妥当性は? そもそも近付かぬままに観測することにどれほど意味がある。そもそも観測地点の座標の魔力値変動が多すぎる」
「その辺りに関しては別冊に記載されている。見れば納得すると思うが」
読めているらしい。
論文を目の前で精査される緊張感と似たものを感じて私まで緊張しながら見守る。書類には魔術もかけられているようで、時々手をかざして紙を光らせながらもキルリスさんは次々に目を通していった。全てを読み終えると、キルリスさんは眉を顰めながら目を伏せ、しばらく沈黙した。私はフィカルの手を握りながら、キルリスさんの沙汰を待つ。
「本当に問題がないのだろうな?」
「問題ない」
「では会則特例81条を行使しろ」
キルリスさんの言葉に、レオデニールズさんは「総帥がお望みならば」と頷いて片手を上げた。それに応えるようにキルリスさんも片手を上げる。
「我レオデニールズ・ナーズはキルリス・パルリーカスに対し、ユービアスの森に関する魔力異常地域とその対処について、我が命をもって特例81条の行使を誓約する」
「我キルリス・パルリーカスはレオデニールズ・ナーズに対し、特例81条の行使について同意し、我が命をもってその誓約を遂げる」
2人の手のひらから魔術陣が光って浮き出たかと思うと、交換するようにその魔術陣がお互いの手のひらに移動した。キルリスさんから出たものは多分、パルリーカス家の紋章だ。それはレオデニールズさんの手のひらにくっつくと、焦げたように焼き付いて血を滲ませた。キルリスさんの手も同様に、紋章のような傷が付く。
その手のひらを眺めたキルリスさんは、レオデニールズさんを見た。
「よかろう」
「いやよかろうじゃなくて!」
「なんだ小娘。さっきまで押し黙っていたくせに急に喋るんじゃない」
思わずツッコんでしまった私は悪くないと思う。
なんかめっちゃすごそうな儀式をやってのけて普通のテンションでいる2人の方が変なはずだ。絶対。
もうなんだか色々と聞きたいような聞きたくないようなことがたくさんあるけれど、とりあえず全部後回しだ。
「キルリスさん、止血してください! フィカルもレオデニールズさんにハンカチ渡して!」
ポケットから取り出したハンカチを取り出して押し付けると、キルリスさんは「大袈裟に騒ぐことか?」と眉を顰めながらも止血に使ってくれた。




