降り積もる死の美しき66
「あの頃、本当に大変だったのは魔力のない人間たちだっただろうね。でも、竜乗りに襲われたら魔術師だって無傷じゃすまないし、人間が争いをしていたら野生の竜が寄ってくるでしょう?」
「そうなんですか? あの、血の匂いがするから?」
「それもあるだろうけど、その場の魔力が乱れに乱れるからね。」
竜は魔力を感知できる。街に異変が起きていることをすぐに嗅ぎつけられたのだろう。人間は力を合わせれば野生の竜の襲撃にも対抗できるけれど、それができない状態だと、そこらの魔獣より狙いやすい獲物になってしまう。
私は話を聞きながら、この世界で今戦争や紛争の話を聞かないのは、こうやって竜が襲撃するとわかっているのも理由のひとつかも知れないと思った。竜の生息域ではそもそも襲撃の危険性があるのに、それ以上頻度を増やすようなことは誰だってしたくないはずだ。竜が1匹でもやってきたら、街のみんなが力を合わせないと生き延びられない。竜という大きな脅威によって、人々の平和が保たれていると思うとなんだか複雑だ。
抱えていたニシホシさんの首を抱き締めると、クワワと優しい声がした。ポケットに手をやると、ドライフルーツはすでに消えていた。
「最終的には凶暴な魔獣があちこち出るようになって、もう何と戦ってるかよくわかんなかったね」
「あの、でも、その戦いは魔術師の人たちがきまりを作って終わったんですよね? 人に対して攻撃しないように、すごく厳しい取り決めがあったって聞きました」
「あ、そこは僕知らない」
「え? そうなんですか?」
魔術師の人たちは、魔術陣たちと同じくらいに、魔術師会の会則を頭に叩き込むらしい。特に禁止事項については、幼い頃からあの手この手を使って繰り返し繰り返し教え込むのだとナキナさんが言っていた。そのときナキナさんが遠い目をしながらちょっと震えていたので、とても厳しく教え込まれるものなのだろう。
会則を作った頃はそれほど厳しくなかったのだろうか、と考えていて、ハッと気が付いた。
トルリルタさんは死んでいる。
そして、争いの時代に生きていた。
後に決められた規則を知らないということはつまり。
「あ、あの、ごめんなさい」
「ん? どうしたの?」
「もしかして、その、争いに巻き込まれてその……トルリルタさんはお亡くなりになったんじゃ」
「ああ! 違う違う〜。僕はトルリルタだよ? 全部の派閥に囲まれたって、あんな争いで死ぬわけないよ〜」
あははと明らかに否定されて、私はホッとしたような複雑な気持ちになった。
争いで死ななくてよかった、と思ったけど、どのみちトルリルタさんは既に死んでいる。よかったと言っていいのか難しい。
「えっと、じゃあ……?」
「僕はね、争いの途中で気付いちゃったんだよね」
ニコニコとアルを撫でていたトルリルタさんが、不意に真剣な顔になった。私もつられて息を呑み、続きを待つ。
一拍置いてから、トルリルタさんは口を開いた。
「なんか戦ってるのって楽しくないなーって」
「………………それは、そうですね」
「でしょ?」
トルリルタさんって、いわゆる天然なんだろうか。
私が感じるこの大きな隔たりは、ジェネレーションギャップではない気がする。
私がちょっと空を仰ぐと、フィカルが私の口にドライフルーツを入れてくれた。ポケットにクチバシを突っ込んでいるニシホシさんが匂いに反応した。




