降り積もる死の美しき58
壁に触れてみる。ひんやりした石の壁は硬く、ごく普通のものに見える。
「こんなにたくさんの部屋を魔術で維持するのって、どれくらいの魔力がいるんだろう……」
ごく一般的な住宅でも、魔力が使われていることがある。
火事や腐食が起きないようにだとか、魔獣に見つかりにくくなるようにだとか、おまじないよりは効果がある程度のものが多い。それは基礎に小さな魔石を埋め、それを動力として魔術を動かしているのだ。うちの家は魔草の蔦を這わしているけれど、それは直接魔石から魔力を得て育っているらしい。
家にかける魔術の効果が弱いのは、魔石から放出される力が弱いから。効果の強いものを永続的にかけてしまうと、魔石の魔力がすぐになくなってしまうらしい。貴族のおうちなんかだと、定期的に魔石を入れ替えることで強い魔術をかけていたりもするけれど、それにはものすごい費用と人手が必要なのだそうだ。
空間として重なっていても部屋を維持させるなんて、巨大な魔石がいくつあっても足りないんじゃないだろうか。
「トルリルタさんがやってるのかな。だとしたらすごいよね? キルリスさんよりも魔力が多いかも」
「力は弱いのに竜を2匹従えている」
「そうだね。やっぱりすごい魔術師なのかな」
部屋を出て、さらに廊下を歩く。アルを撫でながらさらに進むと突然、風景が木製の建物に変わった。
「わ、別の建物に来たみたい」
両側に並ぶランプに、細やかな模様が編み上げられた絨毯。壁には絵画が飾られている。
先程までの石の冷たい雰囲気から一転して、どこかのお屋敷に来たみたいだった。
「これも魔術なのかな。おしゃれな廊下だね」
「スミレ」
「どうしたの?」
フィカルが振り向いているので後ろを向くと、背後には豪華な両開きのドアがある。
私たちはただ歩いていただけで、ドアをくぐった覚えはない。歩いてきたはずの石の廊下は見えなくなっていた。まるでどこかにワープしたみたいだ。
「……入って大丈夫だったかな、ここ」
「トルリルタはどこでも入っていいと言った」
「だよね……アル、ランプ倒しちゃダメだよ。それなんかめっちゃ高そうだから」
「ピギャッ!」
竜たちも不思議に思っているのか、アルはフガフガと周囲を嗅いでいる。スーは大人しいけれど、瞳孔が細くなっているのは周囲が薄暗いからだけじゃなさそうだ。
フィカルを見ると、やっぱり少し警戒した表情をしている。左手は剣にかけられていた。
「戻る?」
「人の気配はない」
「でもフィカル、何か警戒してるよね」
「魔術の中を進むのは何が起こるかわからない」
暇つぶしがてら散歩していただけだったので、ここで引き返しても何の問題もない。フィカルやスーがストレスを感じるなら、戻ってゆっくりしてたほうがいいし。
そう思って戻ろうとした瞬間、ギイ……と軋む音が聞こえた。
私たちの正面突き当たりにある、大きな両開きのドアがゆっくりと開いていた。
ドアの向こうは暗いけれど、人影はない。
自動ドアも標準装備しているのだろうか。それにしては、今までは手動だったけど。
「……」
フィカルを見ると、フィカルも私をじっと見た。しばらくじっと見て、それからフィカルが口を開く。
「行きたい?」
「…………ちょっと気になるかも」
私が正直に言うと、フィカルはこくりと頷いた。




