降り積もる死の美しき40
白いローブを着た男性は、ひと呼吸分だけ黙ってから、私を見つめて口を開いた。
「治療をしてくれ」
ぎゅーっと締め付けられるようだった気持ちが、その言葉で一瞬ぱっと軽くなった気がした。
「全力でやります!」
「よろしく頼む」
やる気が湧き上がってくる。任せてもらったのなら、あとは全力でやるだけだ。ベニヒリュウの選択肢をなるべくいいものにするように、それだけを考えたらいい。
「まず設備の確認をしたいんですが、水はどれくらいありますか? もしあまり使えないようだったら、魔術で氷を出したり冷やしたりすることはできますか?」
「私がやるよりも、スイリュウがやったほうが早い。氷を出すものだが、浴場に溜めれば水となるだろう」
「浴場あるんですね! 連れていってください! フィカル、ヒリュウの竜剣お願いね」
竜の硬いウロコと分厚い皮を切り開くには、竜剣とそれを扱う腕が必要だ。フィカルは頷いてスーの背にある荷物から剣を取り出している。
中庭を囲む一辺のドアの向こうに、お風呂があった。白い石でできた壁と床に、同じ材質の大きな浴場。右側にふたつと左側にひとつあるそれは、どれも10人くらい入れそうな大きさだった。竜でも水浴びができそうだ。
「大浴場だ! あの、ここは燃えても大丈夫ですか?」
「白魔石だ。問題はないだろう」
「じゃあ、ここで手術します。一応、浴槽ふたつ分水を溜めてもらえますか? 氷水の準備ができたら、私たちはあのベニヒリュウを運ぶので」
「了解した」
ヒリュウの手術に水は欠かせない。森の中なので水が少なかったらどうしようかと思ったけれど、こんな大浴場があるならここにも星石があるのかもしれない。
なんだか色々と条件が揃っている。こういうラッキーな状況のときは、なんだかうまくいくことが多い気がするので、この波に乗って成功したい。
白いローブの人がスイリュウを呼ぶと言うので、私はベニヒリュウのもとに戻った。
「ごめんね、つらいかもしれないけど頑張ろうね。あの人、あなたに元気になってほしいって。私も全力で助けるからね」
スーの翼に包まれながらもベニヒリュウの目元に近付いて話しかけると、元気のない竜は私を睨んで静かに唸った。怒ってくれるのが嬉しい。私への怒りでも何でもいいから、生きる気力になってほしいと願いつつ鼻先をちょっとだけ触る。
「グォウッ」
「スー、大丈夫だよ。ありがとね。スーにも頑張ってもらうけど、あとでいっぱいブラッシングするからね」
不満そうに鳴いたスーの首元を撫でて抱き締める。私がヒリュウとチリュウの治療経験が多いのは、スーとアルのおかげだ。もし手術予定の竜がフウリュウやスイリュウだったりしたら、もっと不安だった。
「ピギャギュ」
「アルもよろしくね。たくさん暴れると思うから、頑張って抑えてね」
「ピギョ」
アルもハグしていると、ぐいーと竜2体を押しのけてフィカルもやってきた。両手を広げられたので、その胸に飛び込んで思いっきり抱きつく。ぎゅーっと抱きしめられていると心配なことがだんだん小さくなっていくからフィカルはすごい。
「フィカル、サポートよろしくお願いします。頑張るから見ててね」
「見ている」
「うん」
見上げると、フィカルがいつもと同じ、紺色の目で静かに私を見つめていた。フィカルの落ち着きっぷりを見ていると、私も落ち着ける気がする。私が笑うと、フィカルも少し目を細めた。その唇が私の頭に触れる前に、後頭部にツクツクした感触がした。
「クワワワ……クワワ? クワクワ」
「普通についてきてるね、ニシホシさん。肝が据わってるなあ」
「クワワッ」
竜が3体いても落ち着いているあたり、そんじゃそこらのチャカシドリとは違うようだ。私を励ますようにツクツクしたニシホシチャカシドリは、ピギャーギャと鳴いたアルとハグを交わしていた。後腐れのなさがすごい。




