降り積もる死の美しき38
白いローブの人は、大きな葉っぱをかき分けるように進む。
足元にも草が生い茂っていて、日常的に通っているような痕跡は獣道ほどもない。けれど、ローブの人は森の中を迷いなく歩いていた。
やがて木々の間に白いものが見えて、それが大理石みたいな石で作られた建物だということがわかった。
「大きい……」
おそらく構造としては一階のみだけれど、その分少し高い。数段の階段があり、太い柱が並んでいて、ちょうどパルテノン神殿の屋根を平たいかまぼこ的なドーム型にしたような建物だった。入り口側の幅だけでも体育館の長い辺くらいあるので、たぶん個人の邸宅ではないような感じだ。
白いローブの人は階段を上り、柱の間を通り抜けて中へと入る。柱と柱の隙間は大きいので、スーもアルも余裕で通り抜けられた。屋根があり、空間は奥へと続いているけれど、両側も柱が並ぶだけだ。森の中に建っているにしては、ものすごく無防備な建物である。
屋根の下にある空間にも、家具と呼べるものは燈台と、建物と同じ石でできたベンチがぽつぽつあるだけだ。集会場のようなものかもしれない。
「ピギャギュ」
時折アルをよしよししながら200メートルほど進むと、奥がようやく壁になっていた。扉がふたつ並んでいて、白いローブの人はそのうち開け放たれている右側の方へと進んでいった。スーもアルも屈めば通れるサイズなので、人間用のドアとしては大きめである。
「わあ」
通り抜けたそこは回廊のようになっていて、周囲にも建物があるらしい。その囲まれた真ん中に大きな中庭っぽい空間があった。といっても地面ではなくて、床は回廊と地続きの大理石っぽい石のもの。屋根はなくて、明るいけれど人工的なひんやりした感じがする空間だった。
その空間の端に、赤い竜がいる。その竜が足を投げ出して床に伏せているのに気が付いて、私は走った。
「スー! アル! 手伝って!」
私が声を上げても、走って近付いても、その竜は起き上がらない。それは状態がかなり悪いことを示していた。スカートがごわつくのを強引に押し込んでツナギを着ながら観察する。
ベニヒリュウだ。スーよりも少し大きい。目を開けていて、私を見て唸っているけれど、体を動かす様子はなかった。
ヒリュウ革の手袋をはめて、横になっているベニヒリュウの背中の辺りを触る。普通なら手を伸ばしただけでも嫌がって逃げるのに、やっぱり動かない。
この竜は動けないのだ。
「どこか押さえると痛がるところはありましたか? 吐血は?」
尻尾を飛び越えてお腹側に周りながら訊くと、白いローブの人が近付いて答えた。
「吐血はない。胴を動かすのを嫌がったから、内臓ではないか」
「触診しますから、なるべく暴れないように命令してなだめてあげてください」
私から見て右に頭を伏せている竜に対して、アルは左側について足や尻尾を伏せぐようにベニヒリュウに近付いた。スーは反対側に来て、炎を吐かれたときに私を守れる位置に立ってくれる。
「喉元から押しますよ。痛みがあったら主でも噛まれるかもしれないので気を付けてください!」
顎下の柔らかい部分を押すと、さすがにベニヒリュウは頭を起こして吼えた。スーが体で邪魔をしているので、牙が私の方へ向くことはない。喉元から胸の方へと順番に押していって、肋骨の辺りまできたらナイフを取り出す。鞘をつけたままのそれを突き立てるように叩いて、硬いウロコと骨の向こうに衝撃を伝えた。
3回目に叩いたところで、赤い尻尾が石の床を強く叩きつける。
「グォオオオウッ!!」
それは予想していた反応だった。
魔力の滞り、心臓近くの強い痛み。
心配そうに覗くローブの人に、私は告げた。
「魔力嚢炎です」




