降り積もる死の美しき33
「月の光を分けてくれ! 頼む!」
「つ、月の光って」
白いローブの人は、顔を擦りむいて、なおかつ強烈な薬を塗っている。けれどそんなことには全く構っていないように、必死な顔をして私に懇願している。
「お願いだ! 月の光をくれ!」
「あの、月の光ってなんですか? 月のこと知ってるんですか?」
心臓がどきどきと音を立てる。私は一度唾を飲み込んで、それから意識してゆっくり問いかけた。
「あなた、地球から来た人なんですか?」
「私はトルリルタの民だ。チキュウという地に住んだことはない」
ガッカリしたような、ホッとしたような、かくっと膝から力が抜ける感覚がした。
そうだ。地球人なら、こんな薄紫色の髪をしているはずがない。魔術だって使えるはずがないのに。たった一瞬で、私の心は勝手に、ものすごく期待していたらしい。
気持ちの落差に巻き込まれないように、私は大きく深呼吸をした。頬をごしごしこすってから、改めて白いローブの人を見る。
「トルリルタ……って、この世界の地名ですか? 月の光っていうのは、どういうものなんですか?」
「トルリルタは我々のこと、そして、我々の暮らす地のことだ。月の光を知らないのか? 本当に?」
私が首を横に振ると、その人はものすごく落ち込んだ顔になった。本当に必要なものだったらしい。なんだか心が痛む。
「月の光は……薬だ。月光を集め魔力で練る。昔はたくさん貯蔵してあったが、もうなくなってしまった」
「月って、あの月ですか? 空に浮かんでる丸い月? ときどき半分に見えたり細くなったりする、白っぽい光のやつ?」
「月の光は虹色だ。3年に一度、見え方が変わる」
「んんん?」
なんか私が知ってる月と違う。
「あの、もうちょっと説明していただいてよろしいですか?」
「月はこの大地に属する巨星だ。同じ魔力を有するから、魔術師は月を浴びるのだ。知らないのか?」
「全然知らない常識ですね……」
確かに月光はなんか神秘的な力があるっぽいイメージはあった。小学校のときに流行ったおまじないでも、満月の夜に月の光をなんちゃら的なものがあったし。
でも、魔術がどうの的な具体的な話は聞いたことない。私も地球歴は17年くらいあるけど、虹色に光っているところとか見たことないし。そんな輝き方をしていたら、ウサギとかぐや姫がクラブでダンスしているイメージになってしまう。
「あ、そっか。翻訳されてるんだ」
私の言葉は、この世界に来たときの魔術によって自動翻訳されるようになっている。全く知らない言葉とか地名はそのままの音で聞こえるけれど、知っている概念については翻訳されて聴こえるのだ。
だから、この人のいう「月」は太陽系にある月じゃないけど、でもそういう存在に近い衛星なんだろう。
「いやいやそれはそれで」
解決しても謎は残る。
私たちが暮らしているトルテアがある世界には、月みたいな衛星はない。
「つまり……」
なんだかすごい話になるような。
私が顔をひきつらせると、ニシホシチャカシドリが「クワワ?」と首を傾げてツクツクしてきた。
ニシホシさんは私のことツクツクしすぎ。




