降り積もる死の美しき29
「スー!!」
フィカルの叫び声とスーの咆哮が聞こえて、それから視界がぐるっと反転した。私は舌を噛まないようにとにかく口を閉じて、両手を体にくっつける。
「ぃいいいい——うっ! ううっ!」
衝撃が2回あったのは、まずスーが私たちを受け止めて、さらに着地したからだ。
「スミレ、怪我は」
「ないよ! フィカルは?!」
「ない」
「スーは?!」
がっちり抱きしめられていてさらにフィカルが下敷きになってくれたせいで、私はどこも痛まなかった。起き上がって確かめると、フィカルも無事そうだ。スーが一番下になっているので、フィカルと一緒に地面に降りる。地面は白い小石のようなもので埋め尽くされていて、ジャリッとザクッの間のような音と少し沈み込む感覚がした。
「スー、大丈夫?」
「ギャオッ!!」
背中には背凭れのついた座席付きの鞍を付けているスーは、ゴツゴツした部分で私たちが怪我をしないよう、右側の翼を広げてその内側で受け止めたらしい。さらに、足を掛ける鎧に当たらないように、フィカルの下半身は首を曲げて鼻筋で受け止めていた。その代わり、体から突っ込むような着地になったらしい。
慌てて地面と当たった部分を確かめるけれど、ウロコに細かい傷が付いたくらいで出血はなかった。ブルブルと首を振る様子も違和感はなさそうだ。目にも怪我がないことを確かめて、私は赤い鼻筋に抱き付いた。
「スー!! びっくりしたねーいきなりなのに助けてくれてありがとうねー!! 痛いとこあったらすぐに言うんだよ。頑張ってくれてありがとうね」
「グルォウ」
満足そうに鳴らす喉をわしわし撫でてから、隣で待つフィカルも抱きしめた。
「フィカルもありがとう!! あんな一瞬で抱えて守ってくれて本当にありがとう! フィカルが無事でよかったよー!」
「スミレも無事でよかった」
ぎゅーっと抱きしめられつつフィカルの背中をごしごし撫でて、さらに隣で待つニシホシチャカシドリに両手を伸ばす。
「クワワ……!!」
「クワワじゃないからー!! 大怪我してたらどうするの!! 絶対に許さないからこのギラギラ鳥ー!! たとえパッサパサになるとしても水炊きにしてやるからね!!」
「クックワックワワワッ!」
無事を確かめる感動の抱擁に、危険な状況へ陥れた犯人が混ざらないでいただきたい。私が怒りに任せてその細長い首を掴んでグワングワン回すと、ニシホシチャカシドリはされるがままに困惑していた。抵抗をしなかったのは、私たちを危険な目に遭わせたという負い目を感じていたのかもしれない。いや普通に着地で大変だったせいかもしれない。
「もおおおー!! ここ何?! どうやって戻るの?! 負けたのが悔しかったからこんなことしたの?! そんな根性だから私みたいな人間に負けるんじゃないの?!」
「クワ……クワァ……」
「弱気な声出しても許しません!! ごめんなさいは?!」
「クワーッ!」
目を回してフラつくニシホシチャカシドリを問い詰めていると、フィカルがそっと私を制した。
「スミレ」
「フィカル止めないで、ニシホシさんのせいでフィカルやスーが怪我してたかもしれないんだから」
「無駄に体力を使うのはやめた方がいい」
フィカルはふるふると首を振って私を止めると、スッと剣を抜いた。
無駄のない所作である。
「……やっぱりちょっと待ってフィカル」
「捨てておけば魔獣が食べる」
「いやフードロスの問題じゃなくてね。確かに私も水炊きにするとか言ったけど実際問題捌くとなるとちょっとアレだしね」
「スーに食べさせればいい」
「スーもグルメだからさ、チャカシドリ食べさせるのは可哀想だよ」
なます切りにしたい気持ちはあっても、実際にそうしたいかと言われるとまた別だった。
煮れば煮るほどパッサパサになるという食材的ポテンシャルが絶望的なことを差し引いても、やっぱり切り捨て御免はどうかと思う。
静かに怒っているフィカルを説得しているうちに私の怒りも落ち着いてきたので、ニシホシチャカシドリはフィカルを命の恩人と言うべきかもしれない。当のニシホシチャカシドリは私たちから距離をとりつつクワワワ……と呟いていたので、ちょっとは懲りてくれたのだと信じたい。そうじゃないなら後で正座2時間追加だ。
「ていうかここどこ? さっきの落とし穴は?」
周囲を見渡すと、先程いた場所とは明らかに違っていた。空気が少しひんやりとしているし、風が吹き抜ける森の音が全くしない。
ジャリジャリした足元には、白い砂。
私はフィカルと顔を見合わせた。
「もしかして、ここ、ヨヨノヨ?」
フィカルの代わりにクワワッと返事をしたニシホシチャカシドリには、とりあえず正座……は無理だったのでお座りしといてもらうことにした。