降り積もる死の美しき18
泊まった場所を開始地点にして、午前は森の北西の方を目指して円を描くように一周。午後は南西側をぐるりと一周してテントのある場所へと戻ってきた。レオデニールズさんたちがかけてくれた魔術のおかげなのか、テントの周囲は荒らされた形跡もない。
「特にそれらしいものは見つからなかったね」
宿泊地点の近くの木には、たまに記号が彫られた木がある。街の方角を指すそれは奥に行くほど少なくなり、まったく見えない箇所も飛んだ。ぐるっと描いた円のうち、少なくとも3分の1ほどの部分はユービアスの竜騎士も立ち入らない場所のようだった。
森は奥に行くほど木々が高く生い茂っていて、それでいて起伏が少ない。トルテアの森の中には山になっている部分や川が流れている場所もあるので目星をつけやすいし、木々が生えていないエリアもあるので星や太陽を頼りに方角を探せる。けれどこのユービアスの森はそういった広場もないので地面を歩いていればあっという間に方向がわからなくなるし、もっと奥に進んでしまえば、竜がいても太陽が見えなければどっちに村があるかわかりにくいだろう。
「ここで暮らせないのって、凶暴な魔獣がいるとか、水質がよくないとかだけじゃないよね。もしここがトルテアと同じくらい平和でも、この森で狩りをして暮らすのはすごく難しそう」
夕食のお肉を串に刺しながら言うと、水樽に鍋を入れていたフィカルが隣に座った。
「星石があれば、おそらく暮らしやすい街だった」
「え? そう? なんで?」
「平らで道を作りやすい。岩もないから、畑も耕しやすかったはず」
「あ、そっか」
王都のように巨大な街は、なだらかな山をまるまるひとつ街にして作られている。王城や貴族のお屋敷が立ち並ぶ場所は平らに均されているけれど、下町や市場のあたりには坂道が多く、小さな家々は段々に建っていたりする。
いつも王都にいるときはロランツさんたちのお屋敷にお邪魔させてもらうことが多いし、竜愛会の本部であるノイアスさんのおうちも貴族街にある。移動するときは馬車かスーに乗っているのでそれほど実感したことはないけれど、ずっと坂道を歩くとなると結構体力を消耗するはずだ。
ただ歩くだけならいい運動になるだけかもしれないけれど、商隊は重い荷物を牽いて長旅をしてきたのだから大変だし、馬の負担も大きいはずだ。
道が平らだと人も馬もラクだし、馬車の車輪も傷みにくい。畑も作りやすければ作物がいっぱい取れて街が安定するし、近隣の街との行き来もしやすいならさらに豊かになる。
「大昔は暮らしやすい街があったりしたのかな。そう考えるとちょっと……悲しいよね」
この世界では、星石の周辺でしか人間は定住できない。星石が壊れてしまえば環境が荒れて魔獣が増えるので、どこかへ移住しないといけなくなってしまうのだ。
魔王が『善きもの』と呼んでいた、特別ないきものだけが星石になって街の礎になることができる。けれど、生きている善きものが石に変わってしまうのは悲しいし、それが割れてしまうのもいやだ。今は内乱が起きたとかそういう話を聞くことがないけれど、この平和な状態がずっと続けばいいなと思う。
「スミレ」
フィカルがそっとくっついてきた。紺色の目は、私を気遣うようにじっと見つめている。私が微笑むと、フィカルは少しだけ目を細めた。
「フィカル、私たちにできることはあんまりないかもしれないけど、星石は大事に守っていこうね。子ヤギちゃんも」
「子ヤギちゃんはスミレよりも強い」
確かに、と笑うと、お腹いっぱいでゴロゴロしていたアルも機嫌よくグルグルと喉を鳴らした。スーは私の背中にそっと寄り添っている。
優しくて大きな鼻筋を撫でると、ふと足元に派手な色のキノコが寄り添っていることに気が付いた。目玉模様がこちらを優しげに見上げている気がする。
ジャマキノコは串に刺して美味しくいただくことにした。




