降り積もる死の美しき8
「——というわけで、今後お二方への謝罪は一切禁止する。協力要請があれば、全力で応じるように」
低音いいお声のレオデニールズさんが、ぴしっと列に並んだ魔術師たちに対してそう周知した。
「ほっほ、まあ、今回は私の個人的な友人としていらしているわけですからな、そう固くならぬようお願いしますぞ」
ノイアスさんがそう付け足すと、承知いたしました、という揃った声が響いた。
しかし、感じる。
視線を。
本当に謝罪しなくていいのか、本当に心からそう思っているのか、ていうか後で個人的に謝罪しても……ダメだろうか。
そんな感じの視線の波が、私たちへと打ち寄せているのを感じる。
鋼の心身を持つフィカルは、そんなさざなみは全く気にしていないようだ。
私はどうか気にしないでください、ジャマキノコはいっぱい食べてください、という念を頑張って送り返しつつも、このユービアスの魔術師たちにちょっと好感を持ち始めていた。
ここの人たち……たぶん、最も協調性のある魔術師じゃないだろうか。
私たちを迎え入れるために並んでいたときも、レオデニールズさんが話をするからと並び替えさせたときも、ぴっちり並んでいる。特に話を聞くときの整列は、全員場所が決まっていて、この整列をやり慣れているんだろうな、という感じの整列だった。話を聞くときは全員が前を向き、無駄口は叩かない。
私、知ってるなー。
こういう雰囲気、慣れ親しんだものだなー。
幼稚園から高校まで、それはもう息をするように教えられた整列に酷似している。先生が吹くホイッスルがあれば私も魔術師の後ろに並びそうなくらい似ている。
鍛え上げられた竜騎士たちほど張り詰めておらず、しかし誰が言うでもなく前後左右を揃える。前へならえと言われれば揃い、先生のお話が始まれば黙る雰囲気。
この世界では普通の人でも珍しいし、魔術師であればこんな協調性がある集団は見たことがない。
学校教育が統一されたものではなく、親や冒険者ギルドから学ぶことが多いこの世界では、列に並ぶのは市場で美味しい食材を買うときくらいだ。それも大体は列が乱れて争奪戦になる。冒険者は実力と意欲があれば昇格するので、年齢が同じだからと全員横並びでいるのは最初にギルドに入るときくらいだ。
だから集まってくれと言われて整列するのは騎士の人たちくらいなのである。個人主義な魔術師はなおさら。統率の取れているキルリスさんの直属部隊は整列するほど人数が多くないし。むしろ人の話を聞かないタイプの魔術師なら私でも何人か顔が思い浮かぶくらいである。
「ではその後は予定通り。解散」
頭を下げ、数人に分かれながらぱらぱらと散っていく魔術師の人たち。
うーん。竜の卵よりもレアな存在な気がする。
「フィカル殿、スミレ殿。代表者を何人か紹介したい」
「あ、はい」
「初めまして、第一魔術部隊、隊長のデルギールです」
「私は第二隊長のトーリアスと申します」
物腰、やわらか〜。
笑顔、やんわり〜。
カラフルな髪と目を持ちローブと杖装備な人たちを前に、私はとても懐かしい気分になっていた。棘のある態度でも、悪意がありそうな笑顔でもない魔術師集団。今度、キルリスさんに手紙で報告しよう。私はそう心に決めつつ握手に応じた。
「スミレです。しばらくの間よろしくお願いします」
デルギールさんもトーリアスさんも若い隊長だ。トーリアスさんは男性っぽい名前だし中性的な顔立ちだし声も低めだけれど、手が華奢だったので女性かもしれないと気がついた。魔術師の人たちは痩せ型が多いので、ローブを着ていると性別が分かりにくい。
私がじっと顔を見ると、トーリアスさんはにこりと微笑んだ。
「どうぞ畏まらず、なんでも言ってくださいね」
「ありがとうございます。あの、ここの魔術師の方々はその……みなさんの息が合っていますね」
「珍しいでしょう? 魔術師といえば高慢で自尊心は雲より高く、他人の足を引っ張ることを悦びとすることが常ですからね」
「え、えーっと……」
はいともいいえとも答えにくい。
「我々は魔術を以って魔獣と戦う集団です。協力なくば死あるのみ。その環境では、里生まれで捻じ曲がりきった根性でも協調性が芽吹くものなのです」
「な、なるほどー……」
魔術師の本質に対する認識は全国共通なんだなと実感しつつも、私は納得した。どんな荒くれ者冒険者でも、竜の討伐の際には声を掛け合って動きを合わせる。ガルガンシアの屈強な男たちがどんなに殴り合いの喧嘩をしてもどこか連帯感があるのと同じように、ここに住む魔術師たちは協力することが根底にあるのだ。
いい街だなあ。
私がそう思いながら頷くと、トーリアスさんは握手の手を改めて握りなおし、目を見て言った。
「もうご存知かもしれませんが、念のため。ここの魔術師が普通なのだとはゆめゆめ思わぬようにお願いします。強力な指輪をお持ちのようですが、魔術師に対して警戒を緩めることはしないようにお願いします」
「あ、はい」
私が頷くと、フィカルが剥がす前にトーリアスさんは握手をやめた。私の隣で握手待ちをしていたアルに挨拶され、トーリアスさんは顔を引き攣らせながらも笑顔で踏みとどまっていた。
魔術師の人からのこの忠告、何回目だろう。
そしてやっぱり、なんだか日本的な気遣いだなあ。
久しぶりにコンビニパンを食べたい気分になりながら、私はグイグイ押しているアルを宥めることにした。




