宵祭17
「結局、あれは何だったというか、誰だったんですか?」
宵祭は演舞が終わった後もそのまま続けられ、カルカチアの冒険者ギルド事務所の開けられた窓からも騒ぎ声や楽器の音が聞こえている。舞台で異変が起きたということを知っている人は関係者か、カルカチアの魔術師やコントスさんくらいだった。
コントスさん達が調べ、そして後始末をした舞台は片付けられ、広場の中央は街の人達が飲んだり騒いだりするためのスペースになっている。
コントスさん以外の魔術師は引き続き広場の見守り兼警戒に当たり、魔獣役の人達は事情聴取の後別室で待機ということになったらしい。
演舞が唐突な終了を迎えた後、私を担いでスーに飛び乗ったフィカルは中々地上へ降りようとしなかった。私や地上にいる面々があれこれと説得をしたものの数時間はノーと首を振り続け、恥を忍んで私がお手洗いに行きたいと言ったことでようやく地上の住民へと戻ることが出来たのである。フィカルは安全のためにそうしていたのだろうけれど、花の女子高校生にそんなことを言わせた罪はなかなか重いのではないか。
ちなみにトイレに行くために解放された私は再び捕獲され、座ったフィカルの膝の上で休憩をし、昼食を取り、食後の一服も済ませた。人一人を担いで戦ったりジャンプしたり出来る相手から逃げるとか、無理。不便といえば暑いくらいだしと悟りを開いていると、物凄く大きい羽でフィカルが扇いでくれた。涼しくなったけれどフィカル、気遣うところ、そこじゃないからね。
それぞれが仕事や食事を済ませようやく一息吐いた応接室にはコントスさん、テューサさん、そしてフィカルと私がソファに座っている。縦長の窓が幾つか付いている部屋の外にはスーが居座っており、部屋を屈んで覗き込んでは風通しを悪くしてフィカルに睨まれていた。
「結論を言うと、今のところ不明だね」
私が一連の出来事の犯人について問うと、コントスさんはあっさりと頭を振る。
「舞台上にはいくつかの魔術の痕跡が残っていたんだけど、この辺の住民ではないみたい。今日は人が多いせいで魔力も入り乱れているし、特定は難しいんだ」
魔術というのは、どこで習ったかによって学校や師匠や里などそれぞれの癖が反映されることが多いらしい。けれども残っていた魔術の痕跡はわざと様々な癖を取り入れたようにいびつで、すぐに誰だとわかるような状態ではない。腕のある魔術師であれば、知り合いの魔術などは見分けられるけれど誰も心当たりがない。そのため痕跡を保存して王都の魔術師会に問い合わせをするらしい。
「まあ、望み薄ではあるね。魔術師にならずとも魔力が強くて術を使うという人もいるし、わざと魔術師会に登録していないという魔術師もいる。魔術師会ではそういう人の把握にも努めているんだけど、後ろ暗い人は隠れるのが上手いしねぇ」
「それではまた襲われることがあるっていうの? あんな思いはもうごめんだわ!」
「まあまあテューサちゃん落ち着いて。すぐにそういうことにはならないと思うから」
カルカチアの街を調べたところ、怪しい人物が持つ魔力の気配は既に感じられないらしい。カルカチアの街にはその人が入れないように魔術師達が結界を張り、トルテアにもコントスさんが気配を察知する結界を張っているらしい。祭りが終わってから数時間しか経っていないのに、どうやってコントスさんがトルテアの街に魔術をかけたのかわからないけれど、とりあえずの脅威は去ったと思っていいらしかった。
「だってさ。安心したね、フィカル」
私を捕まえているフィカルの腕をポンと叩いて顔を覗き込むと、フィカルはぎゅっと形の良い眉を顰めて腕に力を込め、ぐりぐり攻撃をしてきた。演舞が終わってからこっち、心持ち不機嫌な表情をキープしているフィカルの表情筋が、そろそろ筋肉痛になるのではないかと心配になるこの頃である。そして向かいのソファに座っているテューサさんの表情筋も般若で固まってしまうのではないかと心配。
「今のところ身元も目的もはっきりしないから、適度に警戒しつつ生活すると良いと思うよ。一人で夜勤をしないとか、出歩く時は小さな武器を持つとか、まあ女の子にとっては今更なことかな。万が一もあるから、テューサちゃんも油断しないように」
「宵祭も終わったことだし、さっさと結婚相手を見つけるようにするわ」
メラメラと燃えた目をしたテューサさんは迎えに来たお父さんと一緒に宿屋へと帰り、コントスさんは魔獣役の人達へ軽く説明をしに部屋を後にする。
コントスさんと入れ違いに宵祭の支度役代表であるピンク髪を七三分けにしたおじさんが汗を拭き拭きやってきた。軽く説明をするとおじさんは非常に驚き、こちらが恐縮するほど謝り始める。
「いえ、別に謝られるようなことはないですし」
「しかし演舞をお願いした私共にも原因の一端はあるでしょうし……」
ペコペコと頭を下げ合う日本的な風景を繰り広げた後、支度役のおじさんはお供え物のリストを取り出した。お供え物は種類で言うと40種類くらいだけれども、同じお供え物を複数の人が奉納していることも多いため、量は結構あるらしい。
私とフィカルは好物のものは多めに、それ以外のものは2人分お願いする。舞台上であれこれが起こったことを気にしているらしい七三分けおじさんは、食材などは食べやすいように加工したり保存しやすくしたものを近いうちに届けると約束してくれた。
ようやく1月弱の苦労が実ったのである。満足した私とフィカルも宿屋に帰ることにした。本当であれば宵祭の出店を楽しみたかったけれど、様々な緊張をしたせいか疲労感が強い上に、フィカルがてこでも私と離れないと言うように腕に力を込めているので諦める。
カルカチアの住民からの生温い視線を受け流しながら、私はフィカルに抱っこされたまま帰路についた。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)




