降り積もる死の美しき1
ピー、フー。
地球上の植物でいうとホオズキに似た見た目と大きさ。風船みたいに中に空気を含んだその魔草の花は、指で軽く潰すと高い音を立てながら凹み、そして力を抜くと掠れた音と共に元に戻る。
ピーフー、ピーフー、ピフッピフピフッ、ピフピフピフピフピフ。
クセになる絶妙な弾力と、幼い頃のサンダルを思い起こさせるサウンドにハマっていると、そっとフィカルが私の手を止めた。
紺色の目がじっと私を見つめている。
「あ、ごめん。なんか楽しくてつい。フィカルもやってみる? ペコペコしてて面白いよ」
ヒスイ色のそれを渡すと、フィカルはしばらく観察してから、親指と人差し指で風船部分を軽く潰した。
ピフー。
しばらくの沈黙。
ピフ、ピフピフピフピフ、ピフピフピフピフピフピフピピピピピピピピ……
「うん、わかった。やめとこう。それ以上はかわいそうだからやめとこうねフィカル。クセになるよねこれ」
フィカルの指が速過ぎてもはや魔草がアラームみたいになっている。さっきのフィカルと同じように私はそっとフィカルを止めて、魅惑的な魔草のアラームを止めた。
いい魔草だねという私の言葉にこくりと頷いたフィカルは、不意に背後を振り返った。
「ピーギャー!!」
見つめたのは退屈を持て余しゴロンゴロンしていたアル……ではなく、近付いてくる馬車だ。貴族が乗るお上品な馬車の窓から、遠慮なく身を乗り出した人物が手を振っている。
「スミレさんフィカルさんー!! アルー!! スー!!」
「ピギャオーッ!」
ブンブンと心配になるくらいこちらに手を振るのはノイアスさん。竜の研究者であり、そして竜愛会でも最も竜への愛情が強いと豪語している人物である。もっとも、竜愛会に入っている人は大抵みんな「我こそは真に竜を愛する者なり」的なことを言っているけれど。
アルはなでなでしてくれるお友達の登場に、すぐに起き上がって喜びの声を上げた。近くで周囲を警戒しているスーは特に警戒対象でもない馬車には目を向けなかったけれど、声を覚えているのか近付いてくる馬車からそっと一歩遠ざかっていた。
馬を怯えさせない距離で停まった馬車から、ノイアスさんが元気よく降りてくる。目尻に皺を寄せ満面の笑みになったノイアスさんは、両手を広げてアルと感動の再会を果たしていた。
「おお、アル!! 私のことを覚えてくれたのですかな?!」
「ピギュ! ピギョーウッ!」
「竜との抱擁……なんという幸運、無常の至福……何度抱きしめても素晴らしい、この美しく強き鱗……!!」
「ノイアスさーん、お久しぶりですー」
竜とのハグにフィーバーしているノイアスさんがほどほどのところで私を思い出してくれるよう、私は一声かけてから待つことにした。
フィカルは、足元に広がるピフピフ魔草の群生をじっと見下ろしている。
今回の旅は、ほぼオフみたいなものだ。
途中で竜の診察やら王都での竜愛会の会合出席やらはしたものの、メインは観光。
初夏の爽やかな風に吹かれて、名所巡りをしてみてはどうか、とノイアスさんから誘ってもらったのである。
「アル……なんと愛らしい手! その鋭い爪! 柔らかい曲線の中に潜む力強い筋肉……ああ、私に魔術の才能があれば、その魔術で最も強い魔力を感じられただろうに!!」
「……ひさしぶりだし、なんかもうちょっとかかりそうだね」
ぐるぐると喉を鳴らすアルの手をうやうやしく持って叫んでいるノイアスさんは、まだ私たちの存在を思い出さないようだ。
私とフィカルはしばらくピフピフして待つことにした。
この苗持って帰りたいけど、アネモネちゃんストップがかかりそうだなあ。




