キャンプ大会12
数歩歩いてから片足ずつのびーっと伸びをしたアルは、お尻をふりふりしながらゆっくりと歩いていく。すぐ近くにある布の塊には興味を示さなかったので、フィカルはもしかしたらスーと一緒に見回りに行ったのかもしれない。
ゆっくりと周囲を見回したアルが向かった先は小さなテントだ。薄いピンク色をしたリリアナのテントに鼻先を寄せ、フガフガと中を嗅ぐ。
うーん。
見た目は完全に恐竜映画のホラーシーンである。安全なはずのキャンプ場に何かしらのハプニングが起こり、檻から解き放たれた恐竜が突如現れる。小腹を空かせたティラノサウルスは生き物の匂いを嗅ぎ取り獲物を探しはじめ、行楽の場が一気に惨劇の舞台へ……そんな感じだ。
見た目が怖いのと反比例して性格がフレンドリーなので、アルは地球に生まれていたらハリウッドスターになれたかもしれない。サングラスをかけたアルと自撮りする世界を想像してみた。楽しそう。
恐竜のマネージャー生活を考えているうちに、アルがフガフガしたまま体を伏せた。しばらくその状態でいるのをみていると、やがてテントの中から小さい手が現れる。
リリアナがぱっと飛び出してきて巨大な鼻先に抱きついたかと思うと、ぬいぐるみを抱っこしたままこっちに走ってきた。ランプの光で私が起きていると気が付いたようで、つっかけていた靴を脱いで中に入ってくる。
「スミレちゃん〜あのね、ちょっとここにいてもいい? 遠吠えがする間だけでいいの〜」
「いいよー」
クマのぬいぐるみを抱きしめながら小声で聞いてきたリリアナはとってもかわいい。私が頷くと、ホッとしたような顔でお礼を言った。
オオカミの遠吠えってなんか心細くなるよね、と話し合っていると、また軽い足音がこちらにかけてくる。開きっぱなしの入口から、枕にできそうな分厚い本を抱えたレオナルドが急いで入ってきた。
「その……リリアナが走っていったしアルが来たから、どうかしたのかと思って……あの、僕もここにいてもいい?」
「どうぞー」
「レオナルド、こっちに座ろうよ〜」
テントの中に入り込んだ2人は、安心した顔で微笑みあっている。オオカミの遠吠えがする方向や種類についてひそひそと話していた。
私は再びテントの外を眺める。
アルはマルスのテントの前で伏せをして、鼻先でテントをつんつんしていた。しばらく反応がないようなので寝ているのかと思ったら、マルスが出てきてアルの鼻筋に乗っかるように抱きつく。尻尾を揺らしたアルが起き上がると、マルスはずり落ちて着地した。
小さい影は歩いて近くのテントを覗きこむのを2回繰り返して、それからこっちに走ってくる。
「おいおまえらー! なんでスミレのとこいるんだよー!」
「マルスもいらっしゃーい」
短剣を持ったマルスは、口を尖らせながらもテントの中に入ってきた。アルがその後ろに続いて戻ってくると、喉を鳴らしながらまたくるりと回って入口に座り込む。
「心配して見に行ってやったらいないからびっくりしただろー?」
「怖いからスミレちゃんのとこに来ちゃったの〜」
「……オオカミの遠吠えがしたから」
「おいおい、そんなんじゃひとりで野宿なんてできねーじゃんかよっ」
そう言うマルスもちゃっかり並んで座り込んでいるあたり、心細かったのだろう。顎を地面に置いてグルグル喉を鳴らしているアルは、子供たちの不安を嗅ぎ取ったのかもしれない。まだ子供で甘える立ち場なアルにも、小さいものにひたすら優しいアズマオオリュウの本能はしっかり宿っている。
「まあまあ、何かあったときのために避難するのも森では大事なことだよ。ヒメコだって最初にスーが来たときはおとなしく避難してたでしょ?」
「でもそんなんじゃ試験に合格できねーだろ! オレたち早く昇級したいのに!」
「そうだね〜」
「……でも、オオカミに囲まれたら負けちゃう」
魔除けのお香を焚いているからトルテアの魔獣は大体近寄ってこないけれど、それも絶対とはいえない。日頃から先輩冒険者たちが口を揃えて「森ではどれだけ警戒しても警戒しすぎることはない」と恐ろしさを教えるので、子供たちが怖くなってしまうのは普通のことだ。初めての野宿ならなおさら。
「あのね、みんなひとりで野宿するのが初めてなんだから、計画通りにいかなくっても当然だよ。大人だって最初から完璧にできるなんて無理だから、少しずつ慣れたらいいんだよ」
「それじゃ試験の練習にならねー!」
「なってるなってる。ヒメコが狩りについてくるのだって、今日体験したから次からはもうどうやってなだめるかすぐわかるでしょ? オオカミの遠吠えだって、怖いな危ないなと思ったら次からテントの場所を考えたり、対策を考えられるよね。だからみんな次に野宿するときは失敗しないよ」
「でも、次はまた他の困ることが起こるかも〜」
「色んな場合の対策を全部考えるのはムリだよ……」
「確かに、また何か起きるかもしれない。けど、それもまたどうしたらいいか考えて準備できるようになって、もっともっと同じことを繰り返していっぱい経験を積んだら、全く予想外のことが起きても『前のあれと似てるな』って対処したり、今までの対処じゃダメだから新しい方法を考えようってすぐに思いつくようになるよ」
大人の冒険者だって、あらゆるハプニングを全て網羅しているわけではない。けれど、何度も経験することで「何かが起こりそう」と予感がしたり、安全そうだけれど危ない場所を避けたり、急な対応を慌てずにできるようになる。
剣や罠の腕を磨くのももちろん大事だけれど、実践を重ねて知識と経験を増やしていくからこそ冒険者として強くなっていくのだ。たぶん。
「1回で成功しようって意気込んで落ち込むより、いっぱい失敗しても経験積めたな〜って気軽に構えた方がいい冒険者になるよ。3人は今までだってちゃんと経験積んできたんだから、焦らないで大丈夫」
「スミレちゃんも経験積んだ〜?」
「う、うん。人と比べたらまだまだかもだけど、私も最初に来たときと比べたら森での過ごし方だってかなりわかってきたと思うよ」
ピュアな眼差しで問われるとちょっと申し訳ない気もするけれど、私だってちょっとは成長している。アルも会った頃はひたすら無邪気だったけれど、ちゃんと街でのマナーも覚えたし。
だから安心してというと3人は頷いてくれた。




