キャンプ大会11
危機感の少ないトルテア住民ナンバーワン疑惑がある私だって、森の中で野宿すればいくらかの警戒心は芽生えるようになっているらしい。
意識の遠くで聞いたことのある音を聞いて、私の目はぱちっと開いた。
体を起こすと、微かに遠吠えのような音が聞こえている。
「アル、アール」
そっと囁きながら仰向けになっているアルの下顎をぺちぺち叩くと、イビキがフガッと止まった。より静かになった中で、やっぱり遠吠えの声が聞こえている。
トルテアの森の中でも、オオカミは上位に入る猛獣だ。群れをなして狩りをするその姿は日中はあまり目にすることはないけれど、夜になるとこうして街の近くにまで獲物を探しにくる。
オオカミも魔力があり魔獣に分類される種がほとんどで、北西には炎を吐いて獲物を追い詰めるオオカミもいるし、さらに進化して巨大になった犬もとても危険だ。けれど、トルテアにいるミズオオカミは魔力を使った攻撃はほとんどしない。なので脅威レベルでいうと地球のオオカミと同じくらいだろうか。
追われたら危ないけれど、対処法を知っていれば生き延びることはできる。それに、オオカミは賢いので、竜には滅多に近寄らない。今聞こえている遠吠えから距離を考えても、すぐに対処が必要な近さではなさそうだ。
いつもなら二度寝してしまうけれど、今は子供たちがいる。
ゴロンとうつ伏せになったアルの頭に手をついて、テントの外を窺う。
それぞれのテントは静かだった。3人は寝ているのかもしれない。本当にひとりで野宿するときにはもっと警戒心が必要かもしれないけれど、変に警戒しすぎて森の中で睡眠不足になるのも危ない。ほどほどに警戒心が欲しいけれど、私が教えられる分野ではなさそうだ。フィカルも野生動物並みに五感が鋭いので、先生としては不向きである。
ルドさんやシシルさんがどうやって警戒心を身に付けてきたのか、今度聞いてみよう。
しばらく様子を見ていると、遠吠えが聞こえているのと反対の方角から、重なるようにオオカミの遠吠えが聞こえてきた。さっきよりも少し近い。
もしかしたら、ここは今夜オオカミのハンティングエリアになってしまったのかもしれない。私は剣を持って靴を履くと、テントの外に出た。
点々と存在するテントの真ん中あたりに、小さい焚き火がある。炭になりかけているそこに薪をひとつ入れて、それから大きくなった火でランプを点ける。立ち上がると、ヌッと大きなものが近付いてきた。
「スー」
小声で話しかけると、スーはゆっくり瞬きをした。光沢のある鱗のひとつひとつがランプの光で輝いている。鼻先を撫でると、スーはくるりと方向を変えて音も立てずに飛び立った。狩りをしたらお土産を持ってくるのと同じように、夜中に気配を感じたら見に行くのも自分の役目だとスーはちゃんと知っているのだ。
あとで褒めてあげよう。
「ピギュ」
鉄壁の警備に慣れきっているのは私だけではない。
ぐでんぐでんで今にも寝そうなアルが、ランプの光で眩しそうに瞬膜を閉じて白目っぽくなっている。竜としては心配なほどの無警戒だけれど、アルはアルでいざというときちゃんと戦えるのでメリハリが大きいだけかもしれない。
明かりを小さくしたランプでテントの中を照らし、しばらくアルと一緒にぐだぐだしながらオオカミの遠吠えを聞く。するとアルがどっこいしょと付け足したくなる仕草で起き上がり、星空を飲み込みそうな大きなあくびをした。
「アル?」
私にグルグルと鼻を寄せ、それからアルはどしどしと歩いていく。
アルも応援に行くのだろうか。いつもスーがいないときはフィカルが乗るために待機するので、フィカルの近くに行くのかもしれない。
ランプを持ち上げてアルの姿を見ようとすると、カチャッと何かに当たった。
下を見ると、いつの間にかジャマキノコが生えている。
「……」
いつもよりも心なしかてっぺんが平べったいキノコに、私はランプを置いてみた。
ピッタリサイズだった。
夜の森はなんとなく心細い。
その中で寄り添ってくれる存在は、たとえキノコといえどもちょっとありがたい……
「……いやそんなことなかったわごめん」
ランプに照らされたド派手なキノコ。火のゆらめきのせいで目玉模様がぬらぬら動いているようで3割増に不気味だった。
私は一旦ランプをおろしてジャマキノコを収穫し、目玉模様が見えないように回してから使うことにした。新たに見上げている3つのキノコは外に出しておいた。




