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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
2巻発売記念でまだまだ続くこんな番外編じゃ編
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夏の冬支度75

 フサフサなホウキがそそそそっとアルの頭を上り、鼻の穴へと果敢に攻め込む。しばらくするとフガッフガガッと呼吸が乱れ、ブシッと大きなクシャミがでた。ニェーッと鳴きながら勢いよく飛ばされたネイガルホウキは天井へとぶつかり、そのまま天井をそそそと移動し始める。


「寂しいよーここで冬越しすればいいのにー」

「そうよ〜スミレだけじゃ危なっかしいけど旦那いるなら守ってもらえるし、ベニヒリュウなら真冬の狩りだって大丈夫だし」

「私ももっといたいけどこれ以上の冬に耐えられる自信がないよー」


 来た頃だって猛吹雪だったのに、最近はそれがさらに激しくなっているらしい。寒さに強いスーは戦う相手に不自由しないこともあって過ごしやすそうにしているけれど、アルなんてもうフィカルに見られただけで丸くなって知らんぷりするし、狩りや襲撃に連れられて帰ってくるとつららを顎にぶら下げながらぶるぶる帰ってくる。脱衣所に頭を突っ込みたがるのは、お風呂の気配を恋しがっているからなようだ。


 私も、最近は外へと通じる出入り口にはなるべく近付かないようにしている。吹き込んでくる冷たい風は、まるで冷凍庫に入れていたアルミのバットみたいに冷たい。研究には最適な場所かもしれないけれど、もっと寒くなると体調を崩しそうだ。私の生活レベルとネイガルの環境が全く噛み合っていない。


「手紙送るね。フェドナの論文楽しみにしてるから」

「無理ー!! だけど頑張って仕上げるよー」

「私も王都の竜愛会行ってみたい! スミレも来るとき教えて!」

「商人に手紙運んでもらうとすんごい時間かかるけど、魔術だと早いからさー」


 みんなでくっついて別れを惜しんでいると、アルがフガッと鼻を鳴らして目を開けた。眠そうに目をシパシパしつつ、ピーピー鼻を鳴らして私たちにくっついてきた。みんなでアルを存分に撫で回してから、後片付けをして解散する。


「また明日ー」

「おやすみー」

「当番頑張ってねー」

「明日の作業、西の広場だからねー!」


 手を振って戻る。眠そうにジャマキノコを食べているアルは、隣に並んで頭を下げてきた。撫でると嬉しそうにグルグルと喉を鳴らす。撫で回しながら部屋へと戻っていると、最初は尻尾を引きずっていたアルはやがて段々と元気になっていった。


「アルいっぱい寝てたね。疲れた?」

「ピギュギャ」

「もうすぐしたらトルテアに帰るからね」

「ピギャッ」

「スミレ」

「あ、フィカルおかえりー」


 鼻から下を布で覆い、さらにフードを被ったままのフィカルが戻ってきた。マントの表面には、まるで雪の刺繍をしたようにところどころうっすらと氷が張っている。手を伸ばすと髪や顔は大丈夫だったけれど、でも随分と冷たかった。あったかいお茶で体温が上がった両手でほっぺを覆うと、フィカルは大人しく目を瞑る。


「ギャオッ」

「スーもおかえりー。スーは元気そうだねえ。寒いの楽しかった?」

「グル」


 スーはいつもの綺麗な赤ウロコのままだったけれど、興奮が残っているのかまだ鼻息が荒かった。今日もいっぱい仕留めてきたようだ。フィカルをお風呂へと送り出し、私とアルはふとんの中で竜の種類について暗記しなおす。


「あ、フィカルおかえりー。上着持ってかなかったの? 寒くない?」

「寒くはない」


 ポットからお湯を注ぎ、マグを渡すとフィカルはふーと湯気を飛ばしてからひと口飲んだ。体はぽかぽかに戻っていて、体調も良さそうだ。フィカルは丸っこくなっているアルを押しのけると、私と同じようにベッドに腰掛けた。


「ロランツが干し肉を分けてくれる」

「あ、旅行用の? ありがたいねえ」

「ナナイロハクチョウを狩った。半分持って帰る」

「ほんと? 嬉しいありがとうフィカル!!」


 ナナイロハクチョウはネイガル名物の美味しい鳥だ。トルテアはもちろん王都でもなかなか食べられない高級食材なので、お土産には最適といえるだろう。私がフィカルに抱きつくと、フィカルは背中をそっと撫でてくれた。


「そろそろ出発だねー。大変だったけど、楽しかったなー」

「キタオオリュウの病気の話をまだ聞いていない」

「うん、でも他にもたくさん勉強したから、また今度でもいいかなって。第一人者がまだ公表すべきじゃないと思ってるなら、何かあるのかもしれないしね」


 知りたい気持ちはもちろんあるけれど、知りたいことは他にもいっぱいあって、まず身近にある小さいことから調べていくのが私にはあってるかもしれない。そうやって知りたいことを知っていったら、いつか大きいものに辿り着くかもしれないし。


「まず帰ったらべべの収穫だね。コントスさんにも協力してもらったら、成分から症状を推測できるかもしれないし」

「スミレは頑張っている」

「フィカルも頑張ってるよー。狩りも討伐もいっぱいやってくれてありがとう」


 私もフィカルの背中を撫でると、フィカルが嬉しそうな顔になった。アルとスーがグルグルと喉を鳴らす。

 ひとりが好きなフィカルにとって人との距離が近い地下の街はあまり落ち着く場所じゃなかったかもしれないけれど、狩りや保存食作りにしっかり協力してくれていたのが嬉しい。ネイガルがフィカルにとっても楽しい思い出のある土地になっているといいな、と思った。






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― 新着の感想 ―
[良い点] アル、外出しそうなフィカルには目を合わせないようにするのか、可愛いなー♪ そんなアルの鼻の穴の掃除まで果敢に挑むネイガルホウキも! [気になる点] ロランツさんの故郷の割には意外と地味だ…
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