夏の冬支度72
食堂で座っていると、ミーネがやってきた。
「あれ、スミレひとり?」
「フィカルもいたんだけど、さっきの襲撃で」
「ああアレか。いつもありがとね」
フィカルと一緒に昼食を食べようとしたとき、魔獣の群れが街に近付いているとの報せが入ったのだ。竜ではないけれど数が多いのでフィカルも呼ばれ、スーと一緒に行ってしまった。魔力を取り出した影響がありませんようにと祈りつつ私は席を取って待っているわけである。
フィカルが八面六臂の活躍をしているのはすでに広まっていて、襲撃があれば呼ばれるし、みんながフィカルに感謝している。私もいつもは応援するけれど、やっぱり今日は心配だ。
早く帰ってこないかなとお湯を飲みながら待っていると、ごはんを取り分けたミーネが隣に座った。
「なんか落ち込んでる?」
「落ち込んでるというか…………落ち込んでるかも」
「元気ない感じだね。後ろのアルもなんか変」
私と一緒にお留守番になったアルは最初、スーが置いていった斜めがけバッグも首にかけて上機嫌にしていたけれど、今は反省を込めて仲直りしようと試みてきている。いつもはそっと差し出された鼻先にタッチして終わりだけれど、今日はまだフィカルが無事なのかわかっていないので和解する気分になれなかった。うんうんと返事をするだけにしていたら、アルは差し出すだけだった鼻先を背中にくっつけるようになり、鼻先だけでなく鼻筋までも付けはじめて、今や真下を向くような形で座っている私の背中全面に鼻筋を押し当てている。
「私でよかったら聞くよ?」
「うん……あのね、」
知りたいことがあって、調べてみたけどなかなか答えが分からず。ムイジャさんがフィカルの魔力と引き換えに教えてあげると言ったらフィカルが同意して、でも取り出した魔力をアルが食べちゃって。アルとフィカル両方の体調も心配だし、銀髪の竜医師の女性にも遠回しに反対されて落ち込んだし、そもそも私が自力で答えを見つけられるくらい頭が良ければとか思ったりするし、フィカルもそんな状態で外に行っちゃって心配だしで何となくネガティブモードになっていたのだ。
「はー、よくわかんないけど色々あったんだねえ」
「ニェニェ」
「ありゃ、ホウキも心配してる」
食堂を巡回していたネイガルホウキも、いつの間にか私の膝に乗って寄り添ってくれていた。ふわふわで気持ちいいけれど、それだけではちょっと立ち直れそうにない。
「うちの竜医師の人たち、なんかみんな『自分に厳しく』って感じだもんね。私の友達にも竜医師いるけど、遊びに行ったら部屋が本でいーっぱいになってる子多いし」
「忙しい中でたくさん勉強してる人が多くて、私なんか全然まだまだだなーって」
「なんかじゃないよー! スミレだってギリアーガ治してたじゃん! 今すっごい元気になって楽しそうに狩りに討伐に飛び回ってるよ。ドルガさんもこんなに早く良くなると思わなかったって。スミレもいい竜医師だよー」
ねー? と言いながらミーネがアルをよしよしと撫でると、アルはピッタリくっついた状態のままでピスピスと鼻を鳴らしていた。
ギリアーガの治療がうまくいったのは嬉しいけれど、元々症状に気付いたのは私ではなくアルだ。治療法だって私が考えついただけじゃないし、絶対に有効だと確信を持ってやれたわけじゃない。
何だかネガティブモードなのでそう愚痴ると、ミーネが鶏肉を齧りながらうーんと唸った。
「それに、そもそも私、竜医師としてひとりで竜をいなせるほど力がないし……っていうか冒険者としても弱いし……たまにうっかりして危ない目に遭ったりするし……そういえばこないだもジャマキノコで躓いて転びそうになったし……」
「わーかった!! スミレが落ち込んでるのはわかったから!」
ミーネは声を上げて、私の肩を何度も叩いた。
「よし! じゃあ今日の夜、西の大部屋前で集合ね!」
「えっ」
「ひとりで来るんだよー。あ、キミも来ていいからね」
「ピギャ」
「約束! いい?」
「え、えーと……フィカルが大丈夫そうだったら」
「うん!」
ミーネはにっこりと笑顔になった。
「こういうときは気分転換しないとね!」




