夏の冬支度66
廊下を区切るように作られているドアを何度かくぐると、石で作られている壁や床の色が徐々に紫色になり、やがて黒くなる。この辺りは魔術師が使っている区域のようで、ドアが怪しく揺れている部屋や中から謎の呪文が聞こえる部屋などが随所にあった。興味津々で中を覗こうとするアルを止め、警戒して唸っているスーを宥めながら進んでようやく目的の部屋についた。
「ここぉ〜」
「……意外と片付いてますね。ていうかドアないですね」
片付いているというか、そもそも何も置いてない。本来ドアがあるであろう木枠を跨いで中に入ると、内側は竜が2匹入っても大丈夫そうな広くて四角い空間がただあるだけだった。
荷物もなく、ランプもテーブルもない。ただし、ムイジャさんが入り口近くの壁をさぁっと撫でると、そこから光の筋がカクカクした唐草模様のように広がって部屋全体がぼんやりと光りだしたので、光量は充分だった。
「昔はドアあったんだけどねぇ〜知らないうちに取られたんだよねぇ〜。ここにいると魔術師に見張られるからちょっと居心地悪いけどごめんねぇ〜」
「ドア取られて見張られるって……あの、流石にそれは抗議した方がいいんじゃ」
「だよねぇ〜。1回魔術陣構築に失敗して大爆発させたからってぇひどいよねぇ〜」
「それはドア取られてもしょうがないと思います」
魔術師の嫌がらせかと思ったら、正当な措置だった。
地下にあって街全体が繋がっている状態で爆発なんて起こったら、そりゃみんな警戒するだろう。いや爆発のおそれがある魔術なら、普通の住宅だったとしても実験計画書とか書いて関係各所に許可もらってからにしていただきたい。私がパン作りに失敗したときでさえ、ボンッて爆発する音でめちゃくちゃビビったのだ。本物の爆発だとビビるだけじゃ済まないだろう。
「おい、ムイジャが来たぞ!」
「余計なことをするなよ」
話し声を聞きつけたのか、黒いローブを纏った魔術師らしき人たちが数人近寄ってきた。ジロジロと部屋の中を見て、それから私たちも値踏みするように眺めてから口を開く。
「他所者を引っ張り込んで何をやる気だ。お前たちも与えられた区域に戻れ。ここは魔術師のための場所だ」
「ムイジャ、魔術師を名乗らないお前がここを使うのは我々の好意ゆえだと忘れるんじゃないぞ」
爆発の件はムイジャさんが悪いとして、それはそれこれはこれ、魔術師の人たちの態度もなかなかだった。ムイジャさんにも厳しい態度なところからして、ナーズ派の人たちのようだ。本家に近い魔術師の人たちは魔術師であることに誇りを持ちすぎているというか、悪く言えば選民意識が強いタイプが多い(ナキナさん情報)らしいので、ナーズの里でも地位の高い血筋なのかもしれない。
魔力ゼロな私が何を言っても相手にされなさそうだし、ここはムイジャさんにお任せするかと思っていたら、フィカルがスッと私の前に立った。
そして一言。
「スー」
優秀で忠実なスーはフィカルの声のトーンから全てを察したらしく、さっと部屋から出るとギャオーッ!! と怒りの一声で魔術師たちを威嚇した。背を低くして牙の間からチロチロと炎を見せると魔術師たちは慌てて左右へ逃げる。唸り声を上げながら尻尾を床にバチンと打ち付けると、魔術師たちはますます距離をあけた。さらにダメ押しとばかりに部屋の前にスーが居座ったので、ドアがなくても部屋を覗かれる心配は消滅した。
基本的に人間が嫌いなスーは、こういう、堂々と人間を威嚇していいチャンスを楽しんでいるようだ。わざと脅すような動きをしたりガラの悪い顔をしているスー、かわいい。アルもキラキラした目でお仕事をするスーを見つめていた。
「邪魔な視線がなくなったぁ〜ありがとねぇ〜」
「早く終わらせて帰る」
「そだねぇ〜こんな奇人ばっかりのとこにいると性格捻じ曲がるしねぇ〜」
「ムイジャさん、だからそれブーメラン……」
うひゃひゃと笑ったムイジャさんが、ぺたんと部屋の中心に座り込む。ポケットから取り出したペンサイズの杖を取り出して地面に何やら描き込み始める。
「ちょっと待っててねぇ〜」
ほぼ床に貼り付いているような、子供が落描きをしているような体勢だ。けれどムイジャさんがスラスラと描いているのは、非常に細かくて複雑な魔術陣だった。




