夏の冬支度59
「で、できたやつに粉にしたコショウを混ぜてから腸詰めにするんですけど、トルテアだとアバレオオウシとかトリクイヘラジカを使って大きな腸詰めにしますね」
「それだとちゃんと乾かすのに時間がかからない?」
「けっこうかかります。でも燻製にするときに魔草を混ぜてるので……えーっと何使ってたかな」
大量のミンチ肉をみんなでかき混ぜながら、私は今日も今日とて保存食作りを頑張っていた。トルテアの保存食レシピも教えてと言われるので、作ったことのあるレシピを説明する。ネイガルとは違った味付けも多くて、みんな楽しそうだ。
トルテアでは3ヶ月程度の保存が多いので下手すると1年近く貯蔵するネイガルにはあんまり向いていないかもしれないけれど、早めに食べ切るようにしたり、魔術で保存性を高めることもできるので心配はなさそうだ。
代わりに教えてもらうネイガルのレシピも面白い。
ドライフルーツなんかはどこでも作っているけれど、ネイガルではスライスした果物に香辛料をまぶしてカッチカチにするレシピがある。他にも、気温の低さや吹雪を利用したフリーズドライのような製法があったり、水を張った桶に沈めて凍らせ、氷漬けで保存するものなんかもあっていくら聞いても飽きなかった。
「干すだけで太陽が乾かしてくれるってすごいよねえ」
「吹雪であっという間に凍るのもすごいですよ」
わいわい言いながら、あれが美味しいこれがオススメとおしゃべりするのはどこでも楽しい。あれこれ話しながら作業を進めていると、私の隣で無表情のままダカダカとミンチ肉を量産していたフィカルが、ふいにスミレと名前を呼んだ。
「どうしたの? あ、ムイジャさん来る?」
こくりと頷いたフィカルがじっと私を見る。
隠れてといえば、フィカルは頷いてその通りにしてくれるだろう。しかし朝獲れのオオユキガモは巨大な魔獣で、可食部も巨大で、まだまだ作業は山ほど残っているわけで。
「うーん……どうしよう、口で断って諦めてくれないかなあ。話逸らすための質問をまだ考えられてない……ていうかオススメされた本もまだ読み切ってないし……」
「スミレェ〜」
「あ、」
迷っている間に、ムイジャさんが作業場に入ってきてしまった。すっかり回復したムイジャさんは両手を上げてフラフラ近付くと、私にへちょっとくっついた。ミンチ捏ね中で手が離せない私に変わって、フィカルがぺいっと引き剥がす。
「あ〜異世界の魔力だぁ〜ちょっとわけて〜」
「ダメですよムイジャさん。そんなことしたらこのミンチ付いたままの手でムイジャさんの顔をマッサージしますよ」
「ひどいことするぅ〜」
ひゃひゃひゃと笑ったムイジャさんは、私たちの作業を興味深げに眺めていた。香辛料で手がかぶれやすいムイジャさんなので、作業を振り分けて異世界魔力から意識をそらすのは難しい。ちなみにムイジャさんは保存の魔術も一流で、5年くらい生魚の鮮度を保ったまま保存したりできるそうだ。今だに食材の消費量を見誤ってはスーやアルに回収をお願いしている身としてはその技術ちょっと羨ましい。
「ねぇ〜ちょっとでいいからぁ〜」
「クエッ!!」
ムイジャさんの話を遮りダカダカと入ってきたのはネイガルコリュウたちだった。元気な一団はムイジャさんに親愛の頭突きをして、それからこっちにもやってくる。スーたちとお揃いな斜めがけバッグをしている1匹が近付いてきたので、フィカルが中を確かめた。
「フィカル、何か入ってた? ここにいる人たちあてのものがあるかな」
「ある」
す、とフィカルが差し出したのは、茶色い紙に包まれた平たい小包。そこに書き込まれているのは、私の名前だった。
「私宛てなの? 形からして本かなぁ。誰からだろう」
「私だよぉ〜」
頭突きで転びかけていたムイジャさんが、魔術で起き上がって私の肩に手を回した。包みを開けてくれていたフィカルがまた引き剥がすと、ひゃひゃひゃと笑いながら目を細める。
「ほらぁスミレがキタオオリュウのこと気にしてるからぁ〜竜医室から本探してきたよぉ〜。知りたそうな項目にしおり挟んどいたしぃ〜」
「ありがとうございます。今借りてるの読み終わったら読みますね」
「お礼は異世界の魔力でもいいんだよぉ〜」
「私に魔力があったらよかったんですけどね」
ムイジャさん、こうやってちょくちょく親切をするという方面からも攻めてくるので中々手強い。竜についての質問もちゃんと答えてくれるし、わかりにくいところはしつこいまでに解説してくれるし、すごくいい人なのだ。なのだけども。
「あのねぇスミレ〜」
「フィカルの魔力はあげませんよ」
「くれたらぁ〜病気のこと全部教えてあげるのにぃ〜」
「……自力で頑張ります!」
やっぱり手強いのだった。
キタオオリュウの病気について中々確信が得られない私の葛藤を読んだかのように、ムイジャさんはひゃひゃひゃと笑った。
「知ってる人少ないんだけどぉ〜私なら教えられるよぉ〜いつでも声かけてねえ〜」
悪魔の誘惑を囁いたムイジャさんは、私の足元に生えていたジト目のジャマキノコを抱えるとまたフラフラと帰っていった。キノコを生で齧っていたのが心配だけれど、これ以上話すと誘惑に負けそうでつらい。
「あの子もしぶといねぇ。スミレ、嫌ならキッパリ拒絶したほうがいいよ」
「アレさえなければすごくいい人なんです……教えてもらいたいこともいっぱいあって尊敬できる人なんです……」
「竜医師は大変だねえ」
作業をしているみんなに労わられながら、私は溜息を吐いた。
足元に量産されていたジト目のジャマキノコはスーとアルが片付けた。




