夏の冬支度50
「ロランツさん。今帰ってきたんですか?」
「そう。ちょっと深追いしちゃってね」
ゆっくりと歩いてきたロランツさんは、昨日狩りに出かけた服装のままだった。メレジフがゴリゴリと何かを齧っているのは、狩った魔獣のおこぼれをもらったからだろう。アルがピギュピギュと鳴きながらおすそ分けをねだりに近付いていった。
「聞いたよ。昨日すっころんで雪の上を転がり落ちたんだって?」
「すっこ……いえ、なんというか、ちょっとしたアンラッキーが降り積りまして」
「オオリュウが心配そうにしてたよ」
昨日の話はあの場にいた人なら誰でも知っているので、帰ったばかりのロランツさんも事情を聞いたようだ。ただ、すっころんだわけではないと主張したい。ただちょっと、バウンドしすぎたというか、くしゃみのタイミングが悪かったというか、発光ハムスターボールが転がりやすい形状すぎたというか。
訂正も込めて説明すると、うんうんと笑顔で聞いていたロランツさんがポンと私の肩を叩いた。
「スミレ、あとは地下での活動に専念しようか」
事実上の狩猟採集戦力外通告である。
「うっかりしてたけど、スミレは本来この辺では7歳くらいの子供と同じランクだったね。保存食作りと竜の研究だけでよろしく。じゃないとフィカルも安心して討伐に行けないだろうし」
ね、と話を振られたフィカルは、こくり、と頷いたのちに私の肩にあったロランツさんの手をぺっと払い除けた。
野外活動においてやんわり役立たず扱いされてしまったけれど、悲しいかなあの吹雪でひとり生き残れる自信は私から見てもゼロである。そもそも狩りや討伐には呼ばれていないのでロランツさんも戦力とは数えていなかったけれど、街から徒歩0秒のキノコ狩りで遭難するハメになるとは流石に予想外だったのだろう。
あんな状況は私のメンタル的にもムイジャさんの体調的にも2度とごめんなので、提案はむしろありがたかった。
「次に外に出るのは帰るときにします」
「うん。まあうちの近くは外より中の方が竜が多いからスミレも退屈はしないだろうし」
「ですね……今度メレジフの診察させてもらってもいいですか」
「どうぞ。昼間は討伐もあるから夜の方がいいかもね」
ロランツさんの竜であるメレジフは、アルのおねだりに負けて青い骨を半分分け与えてくれている。そのレモン色の鱗はツヤツヤに輝いていた。その雪が横殴りで降るほど風の強いネイガルは、フウリュウにとっては心地の良い環境なのかもしれない。
ゴリゴリとおやつを食べるふたりを眺めていて、ふと思った。
「メレジフは元気そうですね」
「うん。元々寒い地方の竜だからね。機嫌がいいと雪原に突っ込もうとするから大変だよ」
「かわいいですね……あの、メレジフって病気したことありますか?」
「病気?」
ロランツさんが首を傾げる。
「大きい怪我は何度かしたけど、病気はないなあ。そもそも竜だしね」
「ですよね……」
ポーカーフェイスなので断言はできないけれど、ロランツさんの様子から考えて、本当にメレジフは病気にかかったことがなさそうだ。
べべに似た薬草が必要だというキタオオリュウの病気は、特定の竜がかかるものだろうか。それとも、メレジフはまだ若くてかかったことがないだけだろうか。いずれにしても、主であるロランツさんが知らないということは、やはりまだ知られていない病気なのかもしれない。
考えている私を見て、ロランツさんは微笑んだ。
「うちは竜と生きてきた街だからね。知りたいことがあるならじっくり調べてみるといいよ」
「はい。ありがとうございます」
「竜医師の巣穴は本だらけだから、もしホウキが出られなくなってたら助けてあげて」
「既に1回助けました……」
「ちなみに助けずに放っておくとね」
「わー言わないでー!!」
私は両耳を塞いで叫びながら逃げることにより、ふわふわホウキの悲惨な情報を回避することに成功した。




