夏の冬支度49
ユキドケヘビファミリーのごはん探し、それに伴う発光ハムスターボール事件によってちょっとした騒ぎになってしまったものの、それほどの混乱もなくキタマチキノコの収穫が終わってキタマチオオリュウはまたうつ伏せ寝の体勢に戻った。
翌日である。
熱を出したのは。
「……死にそうぅ〜」
「大丈夫ですかムイジャさん」
私が、ではない。ムイジャさんが、だ。
昨日、私が光の玉に入ったままキタマチオオリュウの足元まで戻ってきたとき、ムイジャさんはそこで私の帰りを待ってくれていた。浮いた状態で。
「ムイジャさん、助けてくれてありがとうござ」
「あぁははははぁ〜魔術付けたまま竜の背中乗ってるぅあはははははぁ〜」
黒いローブをはためかせ、ボールペンサイズの杖を持った状態で、ちょうど穴の中心あたりにふわふわと浮かびこちらを見ていたムイジャさんは、私が話しかけるなりあひゃひゃとまた笑い転げ始めた。そしてお腹を抱えたまま文字通りぐるんと転げて、そのまま落下する。幸い真下で竜騎士の人たちが布を張っていたのでムイジャさんは無傷だったけれど、ぐったりしたまま起き上がらなかった。慌てて近付いてみると、顔が真っ赤で目を回していたのだった。
「すみません、ムイジャさんがこんなに寒さに弱いとは知らず……換気の日に部屋から出ないのは、体調を崩さないためだったんですね」
とれたて雪解け水でタオルを絞り、畳んでムイジャさんの額にのせる。ピンク色の前髪がかかる額は熱く、ズビズビゼイゼイと呼吸もつらそうだ。
「私のせいで無理させてしまってごめんなさい」
「スミレのせいじゃない」
振り向くと、アルの顎の下を潜って銀髪の竜医師の女性が部屋に入ってきた。持っているカゴには、小さなヤカンや果物が載っている。
「ムイジャはそもそも環境変化に弱い。暑くても寒くてもすぐに倒れるし、日差しが強くても辛いものを食べても寝込む」
「そ……それは大変ですね……」
「辛いの好きなのに食べさしてくんないんだよぉ〜」
「倒れるなら食べたらダメじゃないですかムイジャさん」
「こうやってすぐに食べたがるからこの街の辛い食材は隠してあるんだ」
弱々しく抗議をしたムイジャさんに、冷たい視線が刺さっている。
「ムイジャ、水を飲んで」
「いらないぃ〜」
「熱を出して汗をかいてるんだから」
「ノド乾いてないぃ〜」
ゴホゴホ言いながら何故か反抗するムイジャさんは、最終的に両頬をぐいーと伸ばされていた。ダダをこねる小さい妹とそれを怒るお姉ちゃんみたいな構図である。
「まあまあ、あの、温めるのでひと口だけでも飲みませんか? 喉にいい薬草とハチミツがあるので」
「薬草なんか使うのもったいないぃ〜」
「あまり気を使わなくていい。いつもの熱だからほっとけば治る」
どうやらこの程度の風邪はムイジャさんにとっては日常なようだけれど、風邪っぴきの本人が薬草の使用を止めるのはどうかと思う。
ちょっと心配なので、水だけは飲めと念を押してそのまま行ってしまった銀髪の女性に変わって、私はお湯を沸かすことにした。
「アル、かばん見せて」
「ピーギュッ」
半分部屋に入って私たちをじっと見ていたアルが、伏せて荷物を見せた。その中に入っている革袋と小瓶を取り出す。革袋の中身はトルテアの森の奥に生えているスイグサと、ナキショウガのスライスを乾燥させたもの。小瓶はヨウセイハナハッカから作られたハチミツが入っている。
ムイジャさんがまだ寝込んでいると聞いてとりあえず持ってきたものだ。どれも旅の途中でちょっと風邪っぽくなったときに重宝している必需品である。
バッグのポケットに入っている四つ折りの紙を取り出して、サイドテーブルに広げる。するとムイジャさんの手が伸びてきて私の手首を掴んだ。
「何それぇ〜……」
「あ、魔術陣ですか? これは食べ物を温めるためのやつです。お水を沸かそうと思って。冷たいままの方が飲みやすいですか?」
「飲まないぃ……」
細かい文字が書かれた紙を広げて寝ているムイジャさんに見せると、私の手首を掴んでいた手がぱたりと落ちた。それを毛布の下に戻してから、ヤカンを紙の上に置く。スイグサとナキショウガを入れてハチミツを少し垂らすと、やがてハチミツレモンみたいな香りが周囲に漂い始めた。ナキナさんに注文して作ってもらったごく弱火バージョンの魔術陣は、お湯が煮立たないので便利だ。
「これ、蒸気と香りだけでも喉がラクになりますけど、ちょっと飲んでみませんか? ほんのり甘くて美味しいですよ」
「お腹空いてないのにぃ〜……」
ヤカンから小さいコップに少しだけ異世界風ジンジャーハチミツレモンを移して、ムイジャさんをそっと起こす。文句を言っているムイジャさんにコップを近付けると、抵抗せずに飲んでくれた。
「薬草もったいないぃ……」
「これは全然珍しくない薬草だし、まだまだあるからそこは気にしないでください。美味しいですか?」
「鼻がすーっとするぅ……」
飲み終えると、ムイジャさんがふうと息を吐いた。ヨウセイハナハッカのハチミツはほんのりミントっぽい清涼感があるので、喉や鼻が少しラクになったようだ。
私が鼻風邪を引いたときはリュウナキハッカを使うけれど、あれは魔力の強い人にとっては氷の塊みたいなものなので、ムイジャさんもヨウセイハナハッカのほんのりミントがちょうどよかったようだ。
「少し眠ってください。あとでスープ持ってきますから」
「色々入ってると味がマズイからいらないぃ……」
「ジャマキノコのスープにします。これひんやりしてるので置いていきますね」
適当に生えてきていたジャマキノコを持ち上げて、横になったムイジャさんの隣にそっと置いた。ムイジャさんは目玉模様と視線を合わせながら、ペタペタとジャマキノコを触っている。
ジャマキノコも魔力があるし、魔術師の人は何故かジャマキノコが好きな人が多いので寝るまでのお供になるといい。
毛布を整えてから立ち上がると、アルがぐるぐると喉を鳴らした。じっとムイジャさんの方を眺めては、フガフガと鼻を鳴らしている。
「ベロンしたらダメだよ。ほら、もう行こう」
「ピギュ」
竜の唾液も魔術師が喜ぶアイテムだけど、ムイジャさんなら窒息とかしかねない。安静にしていてもらおうと静かに部屋を出る。
……ドアを閉める直前。ムイジャさんを見ると何故かジャマキノコの笠部分を顔の上に載せていたけれど、それは見なかったことにした。ジャマキノコに捕食されてるみたいでちょっと怖かった。
「スミレ」
「フィカル、おまたせ。スーも」
私も風邪を引くのではないかと心配そうなフィカルに抱きついて、元気さを腕力でぎゅーっと表してみた。フィカルもハグを返してくれて、そしてすかさずアルもハグをくれる。スーはアルに頭突きを喰らわせていた。スーにもハグしていると、そこに声がかかる。
「スミレ。元気そうでよかった」




