夏の冬支度35
「じゃあまた明日くらいにお邪魔するので、結果がわかったら教えてください」
薬草の入った瓶とべべの入った袋を大事そうに持った銀髪の女性は、私の言葉に頷いてスタスタと戻っていった。横道から出てきたコリュウたちがクエクエと鳴きながらまとわりついていてとても羨ましい。
「見てフィカル! ネイガルコリュウが懐いてるよ! やっぱりすごい竜医師だってわかるのかな〜いいな〜私もコリュウたちの診察したいな〜」
「ピギャッ!!」
コリュウならここにいるでしょ、と言わんばかりにアルが鼻筋を見せつけてきたので、撫でながらフィカルを見る。
ムッとしていた。
めちゃくちゃムッとしていた。
「あのー……フィカルさん? ご機嫌が傾いていらっしゃる?」
「あの竜医師はスミレに失礼」
「いやそんなことないよっていうかフィカルあの人すっごい竜医師なんだよ! チリュウの新しい本あるでしょ、あれ書いた人のひとりなんだよすごいよね」
「スミレに対して態度が悪い」
「それはほら、私の最初の診察がアレだったから厳しくなっちゃうだけで、今日話してみたらちゃんと疑問にも答えてくれるし論文の弱いとこも突いた上でどうしたらいいか教えてくれたし……ってそういえばあんなすごい人が私の論文読んでくれてたとかすごい嬉しいけど畏れ多い……!」
「ピギュギャ」
たくさん勉強して、色々な人に教えてもらってどうにかこうにかちゃんとした論文らしいものを書けるようになったのは最近だ。最初の頃の論文なんて1ページ読むだけでも頭を抱えて地面を転がり、アルに掘ってもらった穴に飛び込みたいくらいの未熟さだというのに。それをちゃんと読んだ上にアドバイスまでくれるなんて控えめにいって神ではなかろうか。しかも私の論文は、自分の研究分野とは程遠いであろう、アズマオオリュウの生態について書いたものなのに。
「すごくいい人だよ」
無表情のフィカルがすごい顔をしたと思ったら、私の頬が両側から押しつぶされた。つぶしたのはフィカルの両手である。
「スミレはすぐに人を好きになる」
「ほんはほほはいほ……ひょっほひはふ、ほへほへへ」
むーっと不機嫌そうな顔のフィカルに頼むと、私の頬にかかる圧がちょっと減った。
「そんなことある」
「あ、聞こえてたんだ。そんなすぐに好きになってるわけじゃなくて、あの人の努力とか研究への情熱とか知識とか色々尊敬できたからいいなーと思ったんだよ」
「スミレも同じ竜医師なのだから、病気の症状は説明すべきだ」
「それはほら……なんか事情があるのかも?」
紺色の目がじーっと私を見ている。
フィカルは私に対してちょっと過保護だ。誰かが私に対して失礼なことをしたと思ったら、遠慮なくそれを口に出す鋼の心も持っている。自分に対しての悪口は総スルーしているので、私としてはその関心をもっと自分に対して向けてほしいけれど。
「あの人悪い人じゃないよ。フィカルだってちょっとそう思ってるでしょ? 何も知らずに失礼なこと言ってくるような人たちだったらどんな大男でも首根っこ掴みにいくけど、今日はそうしなかったし」
本来竜を持てないような実力でアルの主をやっていることや、ひとりだけで竜を抑えられないにもかかわらず診察することに対して、あれこれ言われることは一度や二度じゃなかった。そういうときのフィカルは勇者の実力(暗黒版)を出すけれど、今日は反論しただけ。それはあの女性の態度が、私を侮辱するためのものじゃないとわかっていたのだと思う。
私がそう言うと、フィカルの目が横に逸れる。
「スミレが好きな相手を倒すとスミレが悲しむ」
「それだけが理由じゃないと思うなあ。まあほら、フィカルだって初対面の人にはクールな態度でしょ。そのうち仲良くなれるよ」
アルもいるし。と、私は隣を指した。
うちの大きな仔竜ちゃんは、向かい合う私とフィカルの隣で仰向けに寝転がって降参のポーズをしてピーピー鼻を鳴らしていた。まあまあ私に免じてケンカをやめてください、という仲裁方法は、地球の犬と共通する効果的な手法である。
別にケンカしてないよ、と撫でると、アルはパッと起き上がって嬉しそうに頭を押し付けてくる。スーはそのアルを押しのけて撫でろと要求してきた。両方を撫でるとフィカルがじっと見てきたので、背伸びをしてフィカルの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「もっと勉強して信頼できるようになったらきっと教えてくれるよ。頑張るから、フィカルも応援してね」
「名前も教えてもらっていない」
「……そこも教えてもらうように頑張ろう」
そういえば、自己紹介もしてもらってない。
本には名前が載ってるだろうけど、なるべくなら本人から教えてもらいたいなーと思いつつ、私たちは保存食作りの仕事に戻ることにした。




