夏の冬支度19
「ふう」
作業をしていると、広い空間でもアルコールの香りが広がってなんだか暑くなってきた。
だけど、薄手のものだけどコートを脱ぐと肌寒い。肩に掛けるだけにしたいけれど、袖が邪魔になりそうだ。ケープを取ってこようかと悩んでいると、同じ作業をしていたミーネという子が首を傾げる。
「スミレ、寒いの? そんなに厚着をしてたら動きにくくない?」
「今はちょっと暑いけど、脱いだら冷えそうで」
ミーネを含むネイガルの女性は、ほとんど上着を着ていない人ばかりだった。それどころか、かなり薄着だ。流石に生地は厚めだけれど、ブラウスの上にベストを着て、下はスカートとエプロン。ブーツもそれほど厚みはない。私が秋冬に家でやっているような服装だ。
ずっとここで暮らしていると寒さに慣れるのだろうか……と考えていると、ミーネがあっと声を上げた。
「わかった! ちょっと待ってて!」
「え?」
席を立ったミーネが、そのままどこかへと走っていってしまう。
どこに行ったんだろう。
消えた方を眺めていると、スーが鼻先で皮の入ったカゴをそっと押してきた。
「スミレー!」
10分ほど作業を続けていると、ミーネが走って帰ってきた。その手には、くすみピンクの何かがある。ミーネは戻ってくるなり、そのかたまりを私に差し出した。
「はい! 貸したげる!」
「え、これって……ベスト?」
「そうそう。ユキマキっていうの」
「雪巻き?」
広げると、それは袖のないベストだった。前開きでボタンがついていて、短い立襟がある。わずかに光沢のある生地には刺繍がされているので、ちょっと中華風っぽく感じる。
私が普段ブラウスの上に着けているのはウエスト部分だけのものなので、襟まで付いているのが温かそうだ。
「あ、裏起毛だ」
「そう。ユキマキソウっていう魔草の繊維なの。守り神様の加護が付いてるからすっごくあったかいよ!」
着てみて、と言われて軽く羽織ってみると、もうそれだけで温かかった。
「すごい! あったかい!」
「でしょ! 下のは脱いだ方がいいよ。じゃないと汗かくから。汗で冷えたら意味ないもんね」
「あんたたちー、作業しながらやりなさいよー」
「はーい」
コートを脱いで、ウエストの編み紐を緩めて、ついでにスーの影でモゾモゾして中の肌着を2枚とも脱ぐ。かなり肌寒く感じたけれど、ユキマキを着たらあっという間にあったかくなった。手で触ったときはただふんわりした起毛だったのに、着るとまるで発熱しているみたいに感じる。
袖がない理由もわかった。首からお腹までしっかり温かいから、ノースリーブでも指先足先までポカポカするのだ。
「すごい! ミーネ、これ売ってる?」
「今年も作ったけど、南の人は買わない方がいいよ。ネイガルからちょっとでも南に行くと熱すぎて着られないの。火に近い魔草だから」
「へえー」
雪が積もる地域じゃないと発熱してしまって着られないのだそうだ。ユキマキソウも、積雪地域以外では自分で発火して燃えてしまうらしい。謎。アネモネちゃんに紹介したい魔草だ。
「それちょっと古いでしょ? ユキマキは古いほうが縁起がいいの。沢山の人の命を繋いできたユキマキだから」
「色んな人をあっためてきたんですね」
「そうそう。長い間受け継がれてきたのは、雪からも魔獣からも生き残った証だからね。ユキマキは新しいのより古いほうが喜ばれるの」
厳しい環境にある街は、食べ物を求める竜や魔獣の襲撃が激しい。襲撃や飢えの中で生きる地域では、古いものほど縁起がいいとすることが多かった。このユキマキも、いろんな人の人生を温めてきたものなのだろう。
「ありがとう。じゃあ、借りるね」
「うん。あ、でも新しいのも着てってよ。勇者の嫁が着たってなんか縁起いいもんね〜」
「あの、私実力じゃなくてものすごい偶然で生き残ったことしかないけど大丈夫?」
「逆にいい!」
2人で笑い合うと、急に竜の吠える音がした。
「あ、みんな帰ってきたかも! スミレ行く? ねーカコルさん行ってもいいでしょ?」
「もう、作業途中なんだから早く戻ってきてよね〜」
スーも音がした方を見上げていた。革のベルトを外すと、私を見ながら進み出す。
私はミーネと手を繋いで廊下の方へと走り出した。




