夏の冬支度15
「ホントにホントに大丈夫? やっぱりもう1枚重ねた方がいいんじゃないかな。あ、ほら、これ首周りに巻くのは? こうやってマントの下に入れ込めば邪魔にならないし……」
背伸びをしてフィカルの首にふわふわ毛糸のショールを巻き付けていると、フィカルが私を持ち上げた。何も言わない紺色の目がじっと私を見つめてくる。
「……いらないの? 外、吹雪なのに」
スーと同じように、フィカルはどちらかというと寒さに強い。いや暑さにも大概強いけれど、冬の寒さには殊更強かった。現に、猛吹雪の中で狩りにいくフィカルの選んだ服装は、ブーツと手袋だけがネイガル仕様。あとは旅の途中で買った少し厚手の服装だ。柔らかくて温かい素材だけれど、私からすると、あの吹雪には足りないと思う。毛布3枚くらいが。
首元だって、マフラーじゃなくスヌードだ。鼻筋まで覆うものとはいえ、もうちょっとグルグル巻きにしてもいいんじゃないだろうか。帽子だって、インナーだって……。
「寒くはない」
フィカルはそう言うと、私を下ろした。首元のショールを外し、私の頭へそっと被せる。顎の下で結ばれたので、私のフォルムはまたちょっとマトリョーシカに寄った。フィカルも寄せればいいのに。マトリョーシカになったってイケメンなんだから厚着すればいいのに。
「動きにくいと危ない」
「でも、寒いのも危ないよ。絶対絶対無理しないでね。獲物を深追いして遭難したりしたら危ないからね。おやつも持っていってね。雪山では羊羹がいいって聞いたけどないから砂糖漬けいっぱい持っていってね」
せめての気持ちとして、私はフィカルの内ポケットにドライフルーツを目一杯ねじ込んでおいた。パンパンになったポケットをアルが物欲しげな目付きでじっと見つめている。ギューと鳴いたその口には、ジャマキノコをたくさん放り込んでおいた。
「アル、ちゃんとフィカルを守ってね」
「ピーギャッ!」
「…………やっぱり火も使えるし寒さに強いスーに乗っていったほうが」
むぎゅ、と言葉が潰れた。フィカルは私のお小言をハグで阻止することにしたようだ。
フィカルはとても強い。アルだってなんだかんだしっかりしているし、ネイガルの竜騎士団だって頼もしい。だけど、いくら安心要素が増えたって心配は消えない。
「おーいそこの熱々ヒダルマオシドリ夫婦ー。そろそろ出発するよー」
「……」
物理的に炎を出しつつ終始イチャイチャしている鳥に喩えられるほどには、イチャイチャしてない。たぶん。
「ロランツさん、フィカルをよろしくお願いします」
「俺らがフィカルによろしくされるつもりなんだけどなー。フィカル、良い狩場を教えるから、スミレにうんと美味しいものを狩ってやるといいよ」
こくりと頷いたフィカルの目は、使命に燃えている気がした。
「スミレもフィカルが帰ってきたときのために、温かいスープを用意するのはどう? ネカジリウシの煮込みはよく体を温めるから、教えてもらって作って待ってるといい」
ロランツさんの口車は寒冷地対応型だ。
私は大人しくスーと並んで、出ていくフィカルたちを見送ることになった。
「ピギャオーウッ!!」
「アル、はしゃぎすぎないでねー! フィカルも気を付けてねー!」
「ピギャーッ!!」
「いってらっしゃーい!」
焦げ茶色の天井をコリュウたちが頭突きすると、ボコリと穴が空いて冷たい空気が入ってくる。
それを押し出すように飛び出した竜たちを、私はスーの翼の影から見送った。




