宵祭7
中学の時、体育の先生が「ラジオ体操も真剣にやればダイエットになる」と教えてくれた。先生、ありがとう。実技試験までしてしっかりと覚え込んだ体操が、今異世界でも役に立っています。
最初は不可解な動きを始めた私にスーもフィカルも心配そうな目を向けていたけれど、毎朝の日課になった今、フィカルは既に動きを覚えたし、スーも踊りの一種か何かだと納得したようだった。真似をしてジャンプをすると地面が揺れるのでやめさせたけれど、平和な朝の風景である。
太陽がまだ顔を出していない薄暗い中でも薄着でいられるほどになり、私とフィカルは森に入るのは早朝だけにしようと決めた。太陽が上ると暑いし、日中は踊りの練習をしているからである。ギルドで仕事を受けるのはもちろん、森で採集する食料は新鮮で美味しい。フィカルの稼ぎで食材を市場で入手することも多くなったけれど、やっぱり自分で採れるものは採りに行ったほうが美味しいのだ。
フィカルとスーが動物担当で、私が植物担当。よりローカロリーな鳥をお願いして、私は籠を背負いキノコや果実をぽいぽいと採集していた。どこからともなく姿を現したヒメコリュウのヒメコも傍で食後の一服をしている。
カラカラカラ、と音を立てて私の足元に転がってきたのは、細い蔓をぐるぐると球形に巻き付けたようなボールだった。こん、と爪先で蹴ると、ボールは私の蹴った力とは釣り合わない勢いでカラカラと木の根を飛び越えて転がっていき、ヒメコがそれを身軽に追い掛ける。
ヨウセイマリと呼ばれるそれは植物の一種で、枯れているようにみえる蔦は雨季に葉を伸ばし花を咲かせることもあるらしい。ひとりでに転がって移動するのが、妖精が鞠遊びをしている様子を連想させることから名付けられたと言われている。
転がっては戻ってくるといった動きをすることと、大きいものだとバランスボールくらいの大きさになるので子供へのお土産に喜ばれる植物だった。
数日分の食料にはなる程度の量を採取し終わって伸びをすると、腰がミシミシと音を立てた。じわっと汗が額に浮いている。木漏れ日は眩しく、色とりどりの植物が反射していた。鳥の鳴き声が響き、近くではヒメコがヨウセイマリを咥えて振っている。
「フィカル、どこ?」
ややあって、ざざっとフィカルが上から降ってきた。樹上で鳥を捕まえていたらしい。スーは木の上に乗っかっている。
ホッとして近付こうとして、手に持っているナゲキバトがまだ生きていることに気が付いて私は足を止めた。しくしくと声を上げている鳥は美味しいけれど、屠殺する時に罪悪感が増す地味にイヤな鳥である。それを腰回りに3羽ほど、手に持っているのを入れて4羽狩ったらしいフィカルは、手早く捌き始めた。ヒメコはおこぼれに預かろうと口を開けて待っている。
革袋に入れた水で綺麗にしてスパイスを塗った鳥肉は小分けにして大きな香草の葉っぱに包めば、夏でもひんやり冷たい食料庫で数日は保存できる。そのうちのひとつに刻んだキノコや木の実を入れて火に投げ込めば美味しい蒸し焼きが完成するのだ。
家の中で料理をすると熱が篭るので、この季節は外で焚き火をして料理をするという人も珍しくないらしい。街中では流石に焚き火をする場所は制限されているので、共有で使える場所があるのだとか。私とフィカルは森に近い場所に住んでいて人も少ないため、開けた場所で適当に火を焚いている。
日差しは強くても湿度が低いため、影にいると外でも過ごせない程ではない。他の家と同じように私とフィカルも庭先に幌を張って、過ごしやすい環境作りに精を出していた。アネモネちゃんは流石に水に浸かっている時間が長くなっていたけれど、スーは暑さが好きらしく、ますます活発的になっている。
「そういえば、今日から一緒に練習するって言ってたっけ?」
食休みを終えて私が踊りの復習をかるーくやっていると、フィカルはそれを眺めたままこっくりと頷いた。
シシルさんの指導によると、勇者役と合わせて踊る部分は一緒に練習しないと出来ないらしく、私はその部分以外をしっかりと練習していた。私よりも踊りの部分が長いフィカルも大体の振り付けをマスターしたらしく、合同練習が始まるのだ。
ちなみにフィカルの衣装は冒険者の服をより装飾的にしたようなもので、鮮やかな青や銀糸が煌めいて中々麗しい。マントは長く、剣も装飾が付いているので普段使いのものよりは重い。けれどもそれを使って踊ると動きの度にはためく裾や反射する光が綺麗なのだ。衣装の確認のために着て踊ってみせたときには、女の子たちがいつの間にか集まってキャアキャア言っていた。
あれの隣に立つというのだから、ダイエットにも力が入ろうというものである。
手首と足首のスズノミがしゃらしゃらと音を立てる。リズムを付けてそれを途切れないようにしながら流れるように歩みを進め、手を空に翳し、風を呼び、地を呼び覚ます。剣を振るフィカルと視線を交わして、お互いに背を向けて踊り、再び近付く。
「いい出来ね。それじゃあ、そこからの振り付けの見本を見せるから、2人はしばらく見てて」
シシルさんは手足にスズノミを付けて、ルドさんが模造刀を構えた。2人は私達が踊った振り付けを少しなぞってから、ピタリと息を合わせて動き始める。
2人は年齢がそう変わらないけれど、演舞をした年齢が違うので実際に宵祭で組んだことはない。しかし何度も練習したかのようにその動きに乱れはなく、トルテアの人気ナンバーワン同士ということもあって溜息をつくほど美しかった。
シシルさんが体を傾ければそこをルドさんの剣が通り、鈴を鳴らせばルドさんが跳躍する。付かず離れずで動いていた二人はやがて近付き、ルドさんが魔獣に止めを刺すように地面に剣を突き立てて構え、はずみを付けたシシルさんがそのルドさんの組んだ手を足がかりに空中で一回転して華麗に着地する。しゃん、と激しくスズノミが鳴った。
私が唖然としているのを尻目に、舞は激しさを増して唐突に収束する。
「あ……あの、ちょっと待って下さい、出来ないんですけどそんなこと!」
「だからこれから練習するのよ」
私が激しく頭を振って後ずさると、シシルさんが美しい笑顔でさらっと流した。
いや、練習でどうにかなるものじゃないでしょうそれ。何? バク転? 正気なの? 平凡な元女子高生の身体能力を何だと思っているのか。
ムリムリムリムリと私が叫んでいると、ポンとフィカルが肩をたたいてきた。
こっくり。
「いや、頷かれても無理なものは無理!」




