夏の冬支度3
「……なんか肌寒いね」
北の商都ミルミルビルにて、長袖。
「……ちょっと寒いね」
丘の街キーカにて、マント。
「……寒い」
馬の名産地ウッテンビルクにて、毛皮のマント。
「……寒いねー?!」
北マシビにて、毛布。
ロランツさんが言っていた意味がわかった。
荷物が増える。正確には、重ね着が増えるのだ。ネイガル地方への旅は。
「ピーギャーッ!」
一時休憩で降り立った草原は、寒さで枯れて茶色になっていた。カサカサの草を踏みしめたアルが文句を言いながらジタジタと足踏みをして、周囲の竜たちに心配の声を掛けてもらっている。
「勇者フィカル、もう一枚毛布を追加するか?」
ネイガル竜騎士団のロランツ隊隊長、ミュシビさんが声を掛けてくれた。フィカルはこくりと頷いて毛布を受け取り、そしてバサッと私に掛ける。私のフォルムはすでにマトリョーシカと相似形になっていた。
「ミュシビさん、ありがとうございます」
「暖かい地方に住んでいる人には、北の寒さは堪えるだろう。まだまだ布はあるから、寒かったら遠慮なく言ってくれ」
ネイガルの竜たちがたくさん荷物を背負っていたのは、厚着するための衣類が多かったからだった。
王都はまだ夏。長袖なんて考えたくないような暑さから毛皮のマントを抱きしめたいような寒さへと一気に進むのだから、重ね着するための衣類を持っていくのは必須なのだ。
とはいえ、地元の人たちには慣れた温度差らしい。
ネイガル騎士団の人たちはマントと手綱を握るグローブを替えたくらいで、中にはまだ半袖で飛んでいる人もいる。マトリョーシカ化していく私を見ては笑う騎士は多かった。
フィカルだって冬の衣類には着替えたけれど、シャツと騎士っぽいチュニックとマントしか着ていない。私がものすごく寒がりなだけに見えてしまってちょっと恥ずかしいけれど、でもやっぱりマトリョーシカでいたい。頭から毛布をかぶると首元の風が遮断されて寒さが段違いなのだ。
「スミレ、また膨らんだね」
「ロランツさんは薄着ですねえ……」
寒々しい茶色い草原が背景じゃなければ、ロランツさんは夏の避暑地に立っているような涼しげな格好だった。長袖ではあるけれど袖をめくっているし、マントだってボタンのない短いやつだ。ロランツさんの竜であるキタオオリュウのメレジフがレモン色なのも相まって実に爽やかである。
「寒くないんですか?」
「ネイガルの人間からしたら、このあたりはまだ夏の名残りがあるね」
「夏……とは……検索……」
思わず離れて久しいネットの世界に逃避したいお言葉だった。
「野宿に使うテントがあるだろう? あの天幕に使っている布は、マントにもなるんだ。一番上に羽織って風を遮断する用のね」
「へえー、だから小さめの布をズラして載せるようになってるんですね」
「そう。ゴワゴワしてて重いんだけど、あれを羽織って飛ぶようになるとネイガルが近いよ」
テントまでもが防寒具になるとは。今はもちろん、誰もそのマントを羽織ることはしていない。今更ながら、まだまだ寒くなるらしいネイガル地方を想像して私は気を引き締めた。
「今晩は街に泊まるからね。早めに着くから、服屋を見てみるといい。この辺りの服は可愛いと女の子に人気らしいよ」
「そうなんですか? 楽しみだねフィカル」
マントや毛布はロランツさんが貸してくれていたけれど、そろそろ私たちでも冬物を手に入れないと厳しそうだ。無限に毛布を重ねるわけにはいかないので、そろそろインナーも充実させたい。遠出のときはお金を多めに持ってくるのでそのあたりも安心だ。
私が気合を入れていると、アルが地面で機嫌よくゴロゴロ転がった。周囲には優しげに見守る竜騎士、そして竜たちがいる。無事にネイガル竜騎士団の皆さんともお友達になれたようで何よりである。あと結局そんなに寒くなさそうで何よりである。




