雨のぷいぷいちゃん7
夜になると雷が止み、雨も少しずつ弱まってきた。
火ももう炭火が残るだけになったけれど、そっちに足を向けてつま先を砂に潜り込ませると、ほんのり暖かくて気持ちがいい。足首をサラサラの砂に潜り込ませてぷいぷいちゃんにもたれてみると、長い鼻が座りやすいようにそっと砂を寄せてくれた。毛布を持ってきたフィカルは外に近い方の隣に座ろうとしたけれど、ぷいぷいちゃんの鼻があるので反対側に座る。
あっという間に狩ったアバレオオウシを夕食にした私たちは、お腹いっぱいでおやすみモードに突入していた。ちょっと前までおともだちと遊んでいたアルは、いつのまにか洞穴の奥で仰向けになってグーグーと盛大にいびきをかき始めた。その周囲にはマルマリトカゲが集まっている。アルの頭の向こう側には、ヒメコリュウの頭が並んで見えていた。アルの喉のあたりにピンクの顎を置くようにしてじっとしている。
ヒメコリュウの眠る姿を見るのはかなり難しい。トルテアの森の食物連鎖でも上位に入るヒメコリュウは、好奇心も強いけれど警戒心もそこそこ強いのだ。小柄で素早く、そして賢いので、トルテアの森に詳しい冒険者でも夜にヒメコリュウを見つけること自体ほとんどない。
今も主にスーのことを警戒しているようで、じっとして目を瞑ってはいるものの、完全に眠ってはいないようだった。炭火がパチッと音を立てたり、私たちが身じろぎしたりするだけでもすぐに顔を上げて様子を見ている。
ヒメコリュウの夜の姿はレアなのでしっかり観察したいけれど、視線がわかってしまうのか、じっと見ているとヒメコリュウも目を開けてこっちを見つめ返してくる。眠りを妨げるのは可哀想なので不自然にならない程度にチラチラ盗み見たところによると、仲間同士頭をくっつけて眠っているようだ。誰かが起きると連鎖的に起きられるので、周囲を警戒するにはいいのかもしれない。アルが寝言でキューキュー鳴くと、クルクルと喉を鳴らしてなだめていたのがかわいい。
その警戒されているスーは、ヒメコリュウのことはもうあまり気にしていないようだ。焚き火を挟んだ向こう側に伏せて、私と目が合うと小さくグルと喉を鳴らす。いつもはスーにもたれて座ることが多いので、ぷいぷいちゃんを背もたれにしている今はちょっと不満そうではある。けれどフィカルを正面から眺められるのも嬉しいらしく、尻尾の先をゆっくり動かしていた。
平和でいいなあ。
雨も土砂降りからパラパラ程度に変わったので、夜のうちに止みそうだ。
こういう天気の日は野宿をするとどうしても肌寒さを感じたりするものだけれど、この洞窟は生きものがたくさん集まっているからか暖かい。乾いてサラサラの砂も心地良かった。
「フィカル、おやすみ」
私が小さい声でそう言うと、フィカルもごく小さい声でおやすみと返してくれた。色々あったせいでフィカルも珍しく眠そうだ。
ランプの灯りを消すと、残ったのは炭火のかすかな光と小さな雨音だけになる。
眠気が来るのに身を任せていると、膝の上にぽすんと重みがかかった。
ぷいぷいちゃんの鼻だ。
ちょっとごわごわしたそれを撫でていると、昔のことを思い出す。
まだぷいぷいちゃんが小さかった頃、私が森の中ひとりでお昼を食べているとよくこうして膝の上に乗ってきたのだ。
小さな後ろ足だけで立ち上がり、前足をパーにして広げたまま膝にぽすっと着地するのである。頭を撫でてあげると、尻尾をぴるぴる動かして喜んでいた。
フィカルがいなくてひとりで暮らしている間、森の中で怖がらずに食糧採集ができたのはぷいぷいちゃんのおかげだ。今思うと、ぷいぷいちゃんは私の心細さを感じて一緒に行動してくれていたのかもしれない。のたのたと現れてそっと寄り添ってくれたぷいぷいちゃんと一緒にのんびりできた時間は、異世界で馴染もうと頑張っていた私が唯一リラックスできる時間だった。
膝の上に置かれた鼻を撫でると、ザカザカと尻尾が揺れる音が聞こえた。
ぷいぷいちゃんもあの時間のことを覚えているのだろうか。
今日聞こえてきた鳴き声は、私を呼んでいたのかもしれないな、と思うとちょっと嬉しかった。
会うことが少ないけれど、私が困っていたときにぷいぷいちゃんが寄り添ってくれていたように、私もぷいぷいちゃんが困っているときに寄り添える相手になれていたらいいな、と思う。
片手でフィカルと手を繋ぎ、もう片方の手でぷいぷいちゃんの鼻を撫でながら、私はゆっくりと眠りに落ちていった。




