雨のぷいぷいちゃん4
「わっ」
順番に入ってきた3つの影がそれぞれ結構なスピードを出していたので、雨の飛沫が飛んで冷たさを感じた。
「クエッ」
「クエッ」
「クエーッ!」
足音を立てていたのは人ではなく、ヒメコリュウ3匹だったらしい。
強い脚力で猛然と走ってきた3匹は砂を蹴るようにブレーキを掛け、そして殺しきれなかったスピードをぴょんぴょんと跳ね回ることで制御したようだ。砂と水滴を浴びせられたマルマリトカゲたちがキュイキュイと嘆き、ぷいぷいちゃんが鼻息を荒くする。
ピンク色の鱗が雨でテカテカに光っているヒメコリュウたちはそんな惨状を気にせず、ペッペッペッと口の中のものを砂に落とす。
入っていたのはマルマリトカゲである。なんかデジャヴ。
きっちりと丸くなったマルマリトカゲたちは、解放されたと知るやぷいぷいーと手足をジタバタ動かしてぷいぷいちゃんの脚の後ろに隠れてしまった。ヒメコリュウたちに向いていた長い鼻が、怯えているマルマリトカゲたちを労るように動く。
「クエッ!」
ここで雨宿りするための宿賃は、雨で困っているマルマリトカゲを連れてくることなのかもしれない。
ちょっとそんな想像をしながら、私はまたタオルを掴んだ。ヒメコリュウ3匹が周りを気にせずブルブル体を震わせるので、突然の水滴にあちこちでパニックが起きているのだ。
「ちょっと待ってじっとして、拭いてあげるから」
「クエッ!!」
私が近付くとヒメコリュウたちはじーっとこちらを見上げたけれど、そっとタオルを伸ばすとフンフン嗅ぎ、それから拭かせてくれた。1匹を拭いていると両側からじっと見られ、そして頭突きされる。撫でられ待ちをするところを見るに、トルテアの人たちに慣れている群れのようだ。
マルスたちと仲良しなヒメコリュウのヒメコと同じように、トルテアの街に近いエリアには人間に慣れたヒメコリュウが多い。
外部から越してきたスーとアルを除けば、トルテアの森で最も動きが速いのがヒメコリュウである。そのため人間は脅威の存在ではなく好奇心の対象で、しかも賢いヒメコリュウは人間の手伝いをすると褒められたりおこぼれを貰えると知っているのだ。中にはヒメコのように気に入った人たちと行動を共にするようになる個体もいる。
ちなみに街から離れたエリアほど人が入らないので慣れていない個体が多くなるけれど、それでもヒメコリュウは好奇心旺盛なので人間を見ると近寄ってくることも多い。近付いてきて興味津々に見上げてくるだけなら慣れていないヒメコリュウ、撫でろと頭をグイグイ押し付けてきたら人に慣れているコリュウである。
「よしよし、マルマリトカゲを助けてえらいねえ」
「クエッ」
「クエーッ」
ぐいぐい迫ってくる3つのピンク頭を撫でると、ヒメコリュウたちは満足げにクルクルと喉を鳴らした。それから洞窟の中をあちこち歩き回る。たまに踏まれているようでマルマリトカゲがぷいぷいと不満を漏らしているけれど、体重が軽いせいか助けを求めてはいないようだ。マルマリトカゲやぷいぷいちゃんもヒメコリュウの性格は知っているのか、本気で怒ったりする様子はない。
ランプと焚き火がある中であちこち嗅いだり砂を足で掘ったりと忙しいヒメコリュウたちは、鱗がキラキラと光って洞窟の壁や天井に反射して綺麗だ。その光がプールの水面が反射している教室の天井を思い出して、眺めている分には幻想的で可愛かった。干し肉の気配を感じ取ってカゴに頭突きをする以外は。
「オヤツあげるから砂は掘っちゃダメだよ。みんな困ってるからね」
「クエッ!」
干し肉を少しと、割ったジャマキノコをあげるとヒメコリュウたちはおとなしくなった。
ついでに私もそろそろご飯の準備を始めることにする。薪と炭を増やして、小鍋には穀物とお水を入れてふやけるまで置いておく。まだ火が立っていて鍋には向かない火力だけど、フライパンなら持って調節できるから炒め物にはぴったりだ。
一昨日見つけたアオイロチャカシドリの卵を割り入れて、それからベーコンも並べる。布巾を巻いて取っ手を掴み火に近付けると、しばらくしてからジュワーと音がし始めた。
「フィカル、大丈夫かなぁ」
まだ雷の音が聞こえてくるので、今頃は街の落雷対策で動き回っている頃だろうか。風邪を引かないといいけれど。
スーもアルもいつも近くにいるので、そばにいないと変な感じがする。土砂降りの音はするのに静かだ。
野宿で作るひとり分の食事も、なんだか慣れなくて難しい。
「クエッ!」
雨を見ながら物思いに耽っている間に、いい匂いを嗅ぎ付けたヒメコリュウたちに囲まれていた。
「あ、これは私のごはんだからダメだよ。ジャマキノコ食べてね」
「クエェ」
「クエーッ!」
フガフガと物欲しそうなヒメコリュウたちから夕飯を守ると、諦めた3匹はフライパンの代わりに焚き火に目を付けた。
土砂降りの中で寒かったのか、燃え上がる炎の上に顎を伸ばして目を細めて気持ちよさそうにしている。チロチロと炎が当たっても熱くなさそうどころか、尻尾を炎へ突っ込んだり、パカッと開けた口で炎を噛んだり、最終的には体全体で浴びようとおしくらまんじゅうを始める始末。
コリュウでもリュウはリュウ。火の魔力を持つヒメコリュウは、ヒリュウのスーと同じように火が全く熱くないようだ。ちょっと珍しい光景を見られてラッキーな気分になりつつ、私は炎の上の、ヒメコたちのさらに上にフライパンをかざした。ヒメコたちの影になって手が熱くならないので、いい感じに料理ができた。




