宵祭5
竜の牙はサメのように、常に生え変わるようになっているらしい。ベニヒリュウは内側に2列順番に牙が生えかけていて、外側に押し出すように生えてくる。
手で掴むと根本は指が回りきらないくらいの大きくて鋭い牙がみっしりと生えているのを、私はしみじみと見つめた。この牙がどんな獣もあっさり噛み切って食べてしまう秘訣か……
フィカルにグワッと口を開けさせられ、2人にじろじろと口内を見られているスーは、アガアガと戸惑いながらも大人しくされるがままにしている。私はそっと覗くだけだけれど、フィカルはガッツリ上顎と下顎の間に頭を入れているので、パッと見捕食されているようだった。
「あ、それ良いかも。痛くないように、そっと抜いてあげてね」
フィカルが示したのは、左のやや奥の方に生えた牙だった。内側の歯が育ってやや外側に押されている。歯列からはみ出すほど押された牙は、生え変わりのために抜けやすくなっているらしい。そういった牙は食事や戦闘で自然に折れて、そのまま肉と一緒に飲み込んだり、森に落ちていたりする。
竜の牙は魔力が濃く非常に硬質で、その竜の属性のもので手入れをすれば劣化することがない。スーは火竜なので、牙や骨、鱗は傷んだとしても火で炙れば鋭さを保てるのだ。その特徴から、竜の牙や鱗、骨は武器や防具として非常に重宝される。
もちろん竜は強い魔獣なので大型のものほど材料も手に入りづらく、値段も高くなってしまう。けれど北西地方を目指すのであれば必須と言っていい武具でもあるので、私とフィカルはルドさんが昇格試験の旅に出るときの餞別に、スーの牙を使った鏃をプレゼントすることにした。
「ギャウ!」
「あー痛かったねーよしよしごめんごめん」
抜けそうな牙を10本ばかりスーから貰うと、縦の瞳孔が鋭い黄色の目をウルウルさせてスーが意地悪された! とわざとらしく震えている。閉じた下顎を撫でていると、喉を鳴らして小さな腕をそっと開いて見せる。そこに飛び込むと、爪で傷付けられないようにそっと抱きついてくる。
竜は知能が高いからか人真似が得意で、森に住む翼のないヒメコリュウでもキノコを採る人間の手伝いをしたりするものもいる。スーも例に漏れず私達をじっと見つめては真似をするのがすごく可愛い。
フィカルが私をぬいぐるみ扱いしているのもよく見ているので、スーも私に抱っこをねだるようになってしまったのだ。普段はあまりしないけれど、手伝いを頑張ったときやスーが不憫な目にあったときにはハグをするようにしたら、ちゃっかり抱きついてもいいシチュエーションも覚えている。
うちの竜は天才かもしれない、というのは、竜を飼う人間が一度は思うことらしいけれど。
フィカルのように頭をスリスリしているが、スーは頭そのものが大きいので私は一生懸命押してくる強さに耐えている。そのうちフィカルがスーをぐいっと押し退けて救出してくれるけれど、フィカルの真似でこうするようになったのだから微妙な気持ちだ。
竜の牙の加工には、魔力を注ぎながら形を切り出すという作業が必要らしい。武具屋さんに相談すると、親父さんは魔力がそれほど強くなく竜の素材加工は時間がかかってしまうため、魔術師であるコントスさんに大まかに切り出してもらうようにと大体の目安となる木製の鏃を貰った。
コントスさんはしばらく研究に没頭しているらしいので、後日持っていくことになっている。
材料の確保が終わったら、今日も演舞の練習が待っていた。
演舞で出てくる魔術師は、妖精の加護を受けた少女である。
古代、魔術というのは自分の魔力を使うのではなく、妖精と交流して加護を得ることで今より強い力を行使するものだったらしい。昔は人と妖精の距離が近く妖精と話せる人間も多かったそうだ。
目に見えない妖精の力を表現するために、踊りの中で魔術師役は鈴を鳴らす。スズノミという植物があって、イクラくらいの大きさの実が鈴なりに生る植物がある。その実が枯れたものをしばらく水につけておくと、外側の殻と中の小さい種だけが残って、硬いそれらは揺らすと小さく高いチリチリとした音を出す。それを沢山揺らすと、サラサラと幻想的な音が鳴るのだ。
足首には5センチくらいの帯に沢山スズノミを付けたものをそれぞれ巻き、手首にもそれよりやや細い帯を付ける。手首のものは更にスズノミを付けた三角の布が手の甲を覆うように縫い付けられていて、頂点の輪っかを中指に通して装着する。
魔術師役は武器を使わない少女なので、指は常に揃えて真っ直ぐ伸ばして踊る。振り付けは単純で、勇者が魔獣役に囲われた時に現れる役割だ。魔術で戦うという役割のため立ち回りは単純でくるっと回ったりポンと飛んだりするだけなのだけれど、その度にピシッと動きを決めたり、足をハッキリ打ち鳴らしたりしないとスズノミが響かない。
ピタッと手首を止めたり小刻みに足を揺らしてスズノミを響かせたりというのが中々コツが必要だった。
誰だ、踊りが簡単だなんて言った七三分けは。
「スミレ、今のところもう一回。パッと止めて、少しひねるのよ」
機織りの仕事の合間にお稽古を付けてくれるシシルさんに、それでも私は真剣に習っていた。何度も何度も踊りを練習して振り付けを覚え、足の動きや位置をしっかりと確認する。
シシルさんはまだ時間があるからそれほど根を詰めなくても良いと言ってくれたけれど、私は毎日ヘトヘトになるまで踊りを練習した。どうせ踊るなら失敗したくないという気持ちもあったけれど、汗だくで筋肉痛になるまで踊るのには別の切実な理由があった。
それは前の世界では日常的だったけれど、異世界で必要になるとは思っていなかったもの。
ダイエットである。
魔術師の少女役の衣装は、淡い色合いのでやや透ける素材の布を重ねて作られている。アラビアンっぽい短いトップスと細身のパンツを身に着け、更にその上からふんわりして透けるノースリーブのワンピースを重ねているような格好なので、じっくりと見るとヘソ出し状態のお腹が透けそうになっている。明かりの方から見ると淡い色の生地が可愛い衣装だけれど、逆光で見ると生地が薄いせいでボディラインが丸わかりなのだ。おまけに二の腕は丸見え。
いくら暑い時期だからといって、この薄着はない。
冒険者として森に入ることも珍しくない生活をしていたのと、こっちの習慣で肌をあまり見せない上にしっかりとした布の服を着る暮らしが板についてしまっていた。狩りや採集をすることで筋肉は付いているけれど、制服のミニスカートで常に細さを気にしている生活からは程遠い生活だ。おまけに、ここ最近の美味しいものをフィカルと分け合う生活。
なんだかがっしりしているし、プニプニは残っている。
仮縫いの衣装を身に纏って私は地味に落ち込んだ。そして宵祭に向けて、運動と食事による健康的なダイエットを誓ったのである。
「シシルさん、もう一度見てもらっていいですか?」
「いいわよ」
真剣なダイエットもとい練習の成果もあって、振り付けはさほど時間もかからずに一通りを覚えることが出来た。スズノミを鳴らす動きはもっと練習が必要だったけれど、充分に宵祭までには上達するとお墨付きを貰う。
「あっちがすべて振り付けを覚えたら、そろそろフィカルと動きを合わせてみても良いかもしれないわね」
シシルさんは激辛おやつをつまみながらそう言ってくれた。
フィカルの勇者役は前半に魔獣と激しく立ち回りをするという踊りが加えられるので、私の倍ぐらい振り付けを覚える必要があるらしい。さらに魔獣役との動きを合わせたりするので大変らしいけれど、ルドさんによると中々覚えるのが早いとのこと。そもそもの身体能力が高いからかもしれない。
そんなこんなで、日に日に気温が上がるトルテアでは着々と大夏のための準備が進んでいた。
「キノコはダイエット食品……キノコはダイエット食品……」
私がそう呟きながら追い詰められた顔でジャマキノコを刻みスープに入れた夜には、フィカルは珍しく慌てて熱がないか、おかしくなってないかと診療所へと担いでいったということもあったけれど。




