勇者物語・初演2
「ついたー!」
「ピギャギャオーッ!」
王都が見えてテンションの上がったアルが、グルグルと回転しながら嬉しそうに鳴いた。城壁の上に立っている人が大きく手を振っているので、スーとアルは門へと並ぶ人々の列を飛び越えて城壁の上に着地した。
「トルテアのフィカル様とスミレ様ですね」
「ピギャッ!」
出迎えてくれた人はネイガルの紋章が刺繍された服を着ていたけれど、竜騎士ではないようだ。私たちより先に挨拶したアルに引け腰になっている。宥めて下がらせると、通行許可証と竜たちのための飛行許可証を渡してくれた。事前に準備をしてくれていたらしい。
スーとアルは慣れたもので、キラキラ目立つ許可証のためにそれぞれ片脚を伸ばしてフィカルに差し出していた。
「我が竜騎士団の竜舎はご自由にお使いください。領主は本館でお待ちしております」
「ありがとうございます」
高い城壁の上から見ると、広い王都の上を竜の影がいくつか横切る。街を見下ろせば広い路の間にお店や家がぎっしり詰まっていて、遠くにはお屋敷も見えた。スーに乗って飛ぶと、通りを歩く人たちの何人かがこちらを見上げる。
いつ見ても王都の風景はにぎやかだ。高層ビルやコンクリートはないけれど、色とりどりの街並みは見ていて心躍るものがあった。
「やあいらっしゃい。予定通りだね」
「お久しぶりです、ロランツさん」
いつも通りのさわやかスマイルで出迎えてくれたのはロランツさんである。金髪碧眼に青いマントというプリンス感が眩しい。
「お招きありがとうございます」
「こちらこそ、協力してくれてありがとう。いつも通り屋敷は好きに使ってくれ。美味しいものも用意してるし」
「ありがとうございます。あの、お土産も持ってきたので皆さんでどうぞ」
「ミズウサギか。ありがたくいただくよ」
トルテアではメジャーな生き物であるミズウサギだけれど、東南地方以外では珍しい生き物らしい。プルプルしてるし美味しいので魔獣が多い地域では狙われやすくて生きていけないのだろう。塩漬けが結構いいお値段で流通していると知ったのは最近のことだ。
丁寧に塩漬けしたミズウサギと、ジャマキノコを薄切り乾燥した乾物。ご家庭でも野宿でも便利な美味しい鍋基本セットである。葉物野菜を足せば完璧な食事が取れる今イチオシのお土産だ。
「今回は他に何か用事はあるの?」
「いえ、竜愛会に顔を出そうかなーと思ってるくらいで」
「ならよかった。夜会が多いから、ぜひ出席してくれ」
私がウッと怯み、フィカルがすかさず断る攻撃を仕掛けようとするも、ロランツさんが「貴重で美味しい食材がいっぱいだよ」と居合斬りしてくる。用事がないと確認することによって逃げ道を塞ぎ、そして罠を置く完璧な謀略だ。
「き、着ていく服も1枚くらいしかないので……」
「そんなに格式張ったものは少ないし、ないならうちのに作らせるから」
「イエ遠慮します」
「まあまあそう言わずに。この季節は何といっても君たちが主役なんだからね」
キラキラな笑顔に圧されないように、私は頑張って反論する。
「主役は役者さんであって私たちじゃないと思います!」
王都にある王立劇場。そこで明日から新しい演劇が始まるらしい。
その名も「勇者物語」。
魔王が動き始めたその時代に異世界より寡黙な勇者が現れ、竜を従え困難を乗り越えながら魔王を倒しに行く冒険譚だ。
平たくいえばフィカルが魔王を倒しに行ったときの話をモデルにした演劇である。
もちろんフィカルや私が舞台に上がるわけではない。ただモデルにするという許可を出したし、出資者がロランツさんなこともあって、その舞台に招待してもらったのだ。
つまり今回の旅の目的は、観劇である。
決して夜会ではない。決して。




