竜は春風の花のごとく10
「ピグルッ……ピギュ……ピギャッギュギャオッ!!」
「アールー、じっとしないと鞍載せられないでしょー」
筋肉痛をあちこちに感じる、ラタ滞在3日目の朝。
鞍を準備した私とフィカルを見て、アルは超ご機嫌になった。
「ピギャオーッ!!」
「静かにー。ほら他のひとが見に来てるでしょ」
「ピギャッ!」
石造りの建物の角から、ラタ竜騎士団の手綱を鼻に掛けた竜たちが頭を3段に重ねてこちらを見ていた。仔竜がウキウキしているだけだと確認すると帰っていくけれど、様子見に来た竜はこれで2組目である。ラタの竜たちは3匹1チームらしい。
外出用に使っている竜の鞍は、主に2種類ある。
ひとつは私の席に背もたれがついているもの。フィカルが勇者になった(というか勇者になってたと判明した)ときに、遊びに来たロランツさんたちからお祝いにもらったものだ。キルリスさんの魔術がたくさん掛かっていて快適に飛べるので、飛んで移動するときはいつもこれを使っている。座る場所に体を包むように作られた背もたれが付いているので、落ちる心配もなく座っていられるのも魅力だ。
もうひとつは、ガルガンシアで仕立てたもののひとつ。
これも前方に私が座る鞍、後方にフィカルが立つ場所が配置されているけれど、座席の背もたれは腰までの低いものしかない。これは、私がのちのち単独で乗って竜を操ることも想定して作られているからである。竜を操って飛ぶときは背もたれがついていると視界が狭まるからだ。
いつもはスーに乗って移動するので、背もたれありの鞍はスーが、背もたれなしの鞍はアルが装着していることが多い。ちょっと別行動するときも、フィカルは私をスーに乗せたままにするからである。
竜と戦う必要があるときや、フィカルが凶暴な魔獣を探しにいくときなどは鞍を取り替えて、軽めの鞍で戦いやすいスーと、安全に私を載せてお留守番をするアル、という体制を取る。
今日もいつもの組み合わせで、背もたれがある鞍をスーが着けたときまではアルもいつも通りのテンションだった。
しかしアルは、特製の鐙も用意されていることに気が付いたのである。
鐙というパーツは、鞍と共に竜の胴体に掛け、跨って乗ってから足を置いておくためのものだ。立って乗るフィカルは鞍本体に足を引っ掛ける部分があるので、鐙は私の分しかない。
つまり、アルに鐙を付けるということは、私がアルに乗るということを意味しているのである。
背もたれなしの鞍で鐙付きは、私が手綱を取るとき。
そして賢いアルはそれをしっかり覚えている。
「ピギャッ! ピギャギャギュオーッ!」
イェイイェイとアテレコしたくなるほどツイストしながら頭を振っているアルは、人を乗せるのが大好きなのだ。特に私はアルに乗って空を飛ぶことがないので、レアイベント扱いされているのである。
「はいはい楽しいねーおすわりしようねー。おすわりっ」
「ピギュルッ」
「いやそんなに伏せなくていいよ。まだ乗らないから。鞍着けにくいから」
フガフガとすり寄ってくるアルを私が撫でながら大人しくさせて、その間にフィカルが鞍を付ける。ベルトを留められている間もピギャピギャといつも以上におしゃべりするので、また竜たちが様子見に来ていた。スーに威嚇されてピャッといなくなった。
「はい完了。もう動いても大丈夫だよ」
「ピギャ」
鼻先を叩くと、アルが伏せたままズリズリと私の前に進んで、乗りやすい位置で停止した。尻尾の先はさかさかと地面を掃いていて、向けられた目はキラッキラだ。
期待がすごい。
「後でね。街を出てからね」
「ピギャッ?」
迫ってくるアルは、私が後ろに下がるとそのままズイズイと付いてくる。
じわじわ追い詰められた私をフィカルが持ち上げて、スーの鞍に乗せてしまった。
「ピギャーッ!!」
「後で乗るからねー」
アルが私を乗せるのを心待ちにしてくれているのは嬉しい。
嬉しいけれど。
とてもアル本人には言えないけれど、私はアルに乗るのが苦手だ。というか竜の手綱を取るのが苦手だ。背もたれなし、自分の下手な操縦で竜に乗るのは怖いからである。
いくら私の鐙が過剰なほどベルトがついていてガッチリ足を固定してくれるとしても怖いものは怖い。
「…………飛行試験、スーに乗ってやらせてくれないかな?」
「スーはスミレの手綱で動いてはいない」
「乗ってるだけじゃやっぱダメだよね……」
スーの手綱を握って練習することもあるけれど、スーは私の手綱さばきで飛んではくれないのだ。右とか左とかあっちとかは指示すると従ってくれるけれど、細かい動きはフィカルの指示や自分の判断で安全な飛行をしてくれているのである。急な飛び出し車両にも対応した完全自動運転だ。無免許で乗っても安心。保険いらずのスーパージェット竜である。炎は出るけど、温室効果ガスは出ないエコ仕様だ。
「スミレの竜はアルだ」
「だよね……やっぱり自分の竜で試験受けるよね……」
不安を隠せない私の視界で、アルが楽しそうな足取りで歩いては振り返って自分の鞍に乗るべきだと主張を繰り返している。
せめてアルがテンションの上げ過ぎで急な乱高下をしませんように。
時々ジャンプをしながら高らかに吠えているアルを見て、私は望み薄な願いをしたのだった。




