〆切明けのお誘い3
四つ切りにした青色の玉ねぎを鍋にたくさん放り込み、焼き色が付くまで炒めたら水を入れて、他の野菜もどんどん入れる。アネモネちゃんおすすめのハーブも入れたらしばらくは煮るだけだ。
フタをしようと横を向くと、ジャマキノコがじっとこちらを見上げていた。目玉模様と目が合う。
「……」
私はハロウィンカラーの大きなキノコを持ち上げて、そして近付いてきた大きな口に入れた。
「ジャマキノコはしばらくいいや」
栄養豊富で味もなかなか美味しいけれど、流石にほぼ毎日食べたら飽きてしまった。心なしか恨めしげな目で群生するキノコを吸引力の変わらないスーに回収させていると、一階の窓が空いてフィカルが顔を出す。
「スミレ」
「あ、もうお風呂出たの? 早いね」
着替えてさっぱりした顔のフィカルが、大きな桶を抱えながらこくりと頷く。桶の中にはシーツやら着替えやらが山盛りになっていた。クッションカバーなども全部入っているようだ。サボっていた洗濯を片付けるつもりらしい。
交代でお風呂に入って軽く浴室を掃除してから出ると、ヌッと洗濯物の山がこちらに近付いてきた。絞った後のシーツを捲ると赤い鱗に金色がかった目が見える。
「スー、お手伝いして偉いねー」
「ギャオッ!」
フィカルはほとんど洗濯を終えて干す作業に移っていたようだ。絞った洗濯物の一時置き場として利用されていたスーは、敏感な聴覚を駆使して洗濯物を干すフィカルについていっている。かわいい。
今使ったばかりのタオルも洗って一緒に干すと、空からピーギャーと声が聞こえてきた。
「あ、アルー! こっちじゃなくて表! あっちに降りて!」
アルが私たちを見つけて着地点を変えようとしたので、私は慌てて家の表に回った。新鮮なお肉を持っているので、洗ったばかりの洗濯物が汚れたら困る。
鍋の近くで待っていると、ドスンと着地したアルがピギャピギャと近寄ってきた。
バリバリと何かを噛んでいるその口元は赤く汚れていて猟奇的だ。ついでにカゴの中からは肉塊が見えているのでますますホラーになっている。
「おまけ貰ったの?」
「ピギュ」
「またおねだりしたんじゃない? 今度またトッカさんに森の野菜持っていこうね」
「ピギャウッグルギャッ!!」
撫でてもらおうと近付いてくる鼻先は、押して距離を取っておいた。お風呂上がりに汚れるのは困る。
アルが買ってきたお肉は、ミナミコブタのものだった。小柄だけれど、脂がしっかりついていてとても美味しいお肉である。内臓を抜いた胴体まるまると、おまけで前脚が付いていた。きちんと血抜きされているので、ちょうど解体しているタイミングだったようだ。
「バラ肉たっぷりだー! フィカル、塩漬けも作ろうか?」
私の肩に乗ってお肉を覗き込んでいたアネモネちゃんが俄然やる気になった。保存食はハーブを使うので、腕の見せどころなのだ。
フィカルが大きなお肉を切り取って、窓からまな板の上に載せてくれた。フィカルはそのままお肉を切り分けては鍋に入れたり串に刺したりを始め、私は台所で塊肉に塩とハーブをすり込む。スーはフィカルの近くで伏せて上目遣いでおこぼれをねだり、アルは鍋と窓の中をソワソワと往復している。
瓶に入ったピンク色の粉を葉っぱでサササッとお肉に掛けたアネモネちゃんは、終わりといわんばかりに私の手の上から飛び降りて窓枠に着地した。私は木の器に山盛りになったスパイスを軽く潰しながら混ぜて、お肉に振り掛ける。すり込む作業に入ると、アネモネちゃんが応援するようにしたたしたたと左右に揺れる。
「焼いたり茹でたりしただけの料理も美味しいけど、手間暇掛かる料理は待ち時間も楽しいねえ」
したしたと同意が返ってくる。
「アネモネちゃんも今日は一緒に外で寝る? 花瓶出そうか」
アネモネちゃんはいつもよりちょっと速いリズムでしたたたと回った。とてもかわいい。動くアネモネちゃんを眺めてアルが寄り目になっている。よくわからないけれど楽しそうだと思ったのか、長い尻尾を揺らして喉を鳴らし始めた。尻尾の先が当たりそうになったスーが唸っている。
「アネモネちゃんと野宿なんてしたことないもんねえ。子ヤギちゃんも呼ぶ?」
お肉を揉みつつ森に向かって「子ーヤギちゃーん」と呼ぶと、しばらくしてからベェー!! と返事が聞こえてきた。カランカランと鳴る鈴の音がだんだん近付いてくる。やがて木々の葉っぱが揺れて、翼の生えた子ヤギがピョーンと飛び出してきた。
「べエェー!!」
「子ヤギちゃん久しぶり! 元気そうだねー。あとなんかひっつき虫みたいなの付いてるよ」
ピョンピョン跳ねた白い胴体に、紫色の種がいっぱい付いている。いつも通り森の中を楽しく跳び回っていたようだ。フィカルが手を伸ばして謎の種を取ってあげると、子ヤギちゃんは大人しく手足を折りたたんでフィカルの近くに座り込んだ。
アネモネちゃんも子ヤギちゃんも、いつも出かけるときはお留守番をしてもらっている。子ヤギちゃんは普段から森で暮らしているので私たちのお出掛けも気にしていなさそうだけれど、うちで暮らしているアネモネちゃんは荷造りをじっと眺めていたり帰ってくるとすごく嬉しそうなので、お留守番が寂しかったりするのかもしれない。
「今日はみんなで寝ようね」
そう言うと、紺色の花がゆらゆらと揺れる。
「……ん?」
不意に肘に当たったものを見ると、ジャマキノコがまた生えていた。心なしか嬉しそうな目玉模様になっている。
とりあえず持ち上げて、アルの口に入れておいた。手に付いていたスパイスが味付けになったのか、アルはいつもより美味しそうに食べていた。




