魔術師の里特別見学会へようこそ!31
小さな子が、じっとフィカルを見る。
フィカルも、小さい子をじっと見る。
片手の指を口に咥えたまま、小さい子がそっと手を伸ばす。
フィカルは指を握られるままじっと小さい子を見ている。
この触れ合い体験、動画に残せる魔術とかないのだろうか。どっちもかわいい。
「はい、晩ごはん食べようね〜。ここ座ろうか。座れる? 高いかな?」
指を握られたままのフィカルが、子供を気にしつつ私の左隣に座る。しばらくしてから子供を持ち上げて隣の椅子に座らせていた。年上の子が恐る恐る、その小さな子の隣に座っている。私の隣にも子供が座った。
「あ、届かないね。いでよ、補助椅子ジャマキノコ!」
手をかざしてハーッと念じた先の床、ではなく私の隣に、平べったく背の低いジャマキノコが生えた。いつも通りである。人数分収穫して椅子の上に乗せ、テーブルに届くように調節した。子供たちの体格に沿ってそれぞれ大きさが違うあたり芸が細かい。どうでもいいけれど、こういうフレキシブルなジャマキノコってどういう仕組みで生えているのだろうか。
子供たちとの食事は、かなり大変な作業になる。
おぼつかない言葉で教えてくれたところによると、子供たちはずっとあの薄暗い部屋で、地面剥き出しの床に座って食事をしていた。もちろんマナーを教えてくれる人もいない。なんなら食事もほとんど出ない。だから子供たちはフォークの持ち方も、お皿の支え方も知らないのだ。
私の心の中のスーがたびたびあらくれつつも、ナキナさんたちと少しずつカトラリーの使い方を教えて、一気に口に頬張りすぎないよう気を配る。慌てて食べようとする子が多いので、喉をつまらせないよう気をつけておくためにも大人ひとりにつき子供ひとりが精一杯だ。
「おい、そのまま噛み付くな。ナイフで切り分けろと言っているだろうが。違う、持ち方はこうだ」
なので、キルリスさんも子供の指導に当たっていた。
「なんだ、怒っているのか? そんなひ弱な魔力では私に何の不調も来さんぞ。黙って野菜も食べるがいい。この魔草は栄養があるから特に食べろ」
「なんかキルリスさん……手慣れてません? もしかして隠し子が」
「貴様の竜が壊しまくった住宅の改修費用を請求してほしいのか?」
「すいませんでした」
子供を挟んで右隣にいるナキナさんが「隊長は前にも私たちをこうやって保護してるので慣れてるだけかと……!」とフォローしていた。なるほど。
面倒見がいい人なので、子供とも相性がいいのかもしれない。ナキナさんたちがキルリスさんのことをものすごく好きなのは見ていて伝わってくるし、この子たちもきっとすぐに懐くのだろう。
「まあ冗談だ。気にしているようだからついでに言っておいてやるが、空き家の床をぶち抜いたことについても気にしなくていい」
「えっほんとですか!」
「そもそも誰も住んでいない上に、人助けになったのだから請求するわけがないだろう」
「ありがとうございます!」
かなり広範囲にわたってズボーンと壊してしまったあの遺跡についても、キルリスさんはお咎めなしにしてくれるようだ。「これから家探しがしやすくなる」という理由で修理もしなくていいらしい。ありがたい。
「貴様の竜には借りができたな」
「いえいえそんな……子供たちが助かってよかったです」
魔術師会総帥様に貸しができたうちの竜は、暗くなった外でキルリスさんが作ってくれた光の玉とピギャピギャ追いかけっこをしていた。自在に飛び回る光の玉を捕まえようと、壁を登ったり大きくジャンプしたりとドタバタしている。たまにスーが怒る声が響いているけれど、光の玉の軌道がいいのか今のところ建物や庭に被害は出ていないようだった。
よかったねアル。強力な後ろ盾ができたよ。
「今回捕縛した馬鹿共については、王都へ届け出て裁きを受けさせる。魔術師については里が処遇を決めることもできるが、不平等が罷り通っていてな。ついでにその現状も変えるつもりだ」
「隊長、ちょうどいい判例が作れますね!」
ナキナさんたちが生き生きしている。
法改正にも関わっているなんて、キルリスさんが多忙なのも頷ける。
魔術師の人たちって働きすぎで良くないのではと思っていたけれど、今回里にお邪魔したことから考えると、それぐらい頑張らないと変えられないようなものがあるのかもしれない。
この子たちのような存在が出なくなるためなら、バリバリ働いて頑張ってほしいなと思った。もちろん、倒れない程度に。
「ジャマキノコ、いっぱい置いて帰りますね!」
「なんだ、藪から棒に」
「ありがとうございます!! できたら土もいっぱい耕していってください!!」
「泥はちょっと……」
ナキナさんの喜び具合が怖い。大量のジャマキノコで許してほしい。
早速もりもり生え続けるジャマキノコを視界に入れないようにしつつ、私は小さくちぎったパンを隣に座る子に渡してあげた。
フィカルを見ると、黙々とシチューに入っている竜肉を小さいサイズに切り分けては小さい子の口に入れている。もぐもぐしているうちに野菜を切り、飲み物を用意し、スプーンでシチューを飲ませる。
キルリスさんが慣れているのは経験があったからだけど、フィカルが手慣れているのは、もしかしていつも私に食べさせているからでは。
ふとよぎったその疑問に、私はそっと気付かないフリをした。




