魔術師の里特別見学会へようこそ!20
「なんでー?!」
「ピギャー!!」
かなり広範囲、敷地でいうと家2軒分くらいの床が崩落したようだ。周囲に足掛かりとなる部分がなく、私はフィカルに抱えられたまま落ちることになった。
「うっ」
投げ出されるように硬い場所に落ち、私の上にフィカルが覆いかぶさる。上からなのか下からなのかよく分からない衝撃に目を瞑っていると、やがて重いものが落ちてくる音もなくなった。
「スミレ、怪我は」
「わかんない……いや何だったの今の……ていうかここどこ……」
息を吸うと、まだ埃っぽく咳が出た。フィカルがハンカチで口元を覆ってくれる。
私がいるのは、スーの上のようだ。やや首元にいるけれど、鞍が当たって脇腹がちょっとだけ痛かった。下敷きになっているスーは特に怪我はないようで一安心である。
フィカルが体を起こすと、その背中からパラパラと床の破片のようなものが落ちた。
「フィカルは大丈夫だった? どこかに重いものとかぶつかってない?」
「支障はない」
ぶつかっていないという返事じゃないから、何かがぶつかりはしたようだ。慌てて起き上がり、フィカルの手を借りつつスーの上から降りて、それからフィカルの背面を確認する。
「頭や首はぶつけてない? どこに何が当たったの?」
「背中だけ。石が当たった」
「うそ、痛い? 骨折してないかな」
崩落した大きな瓦礫に乗って、フィカルの後頭部を触る。それから
マントを捲って背中を確認した。
討伐用の厚いマントだったのが幸いしたのか、マントの表面には汚れがついているものの、出血している様子もない。石が当たったらしい場所も触れた限りでは腫れているような感じもなかった。
「ちょっと捲るね」
念のためにシャツを捲ってみる。背骨の少し右、肩甲骨に近い場所が少し赤くなっていたけれど、それは表面だけで内出血をしているというほどではない。触れてもフィカルは反応せず、骨にも異常はないようだ。他も調べてみるけれど問題は見つからない。
ほっとして、シャツを戻す。フィカルがくるりとこちらを向いた。
「よかった、何ともないみたいだね」
「怪我をしている」
「えっどこ?」
そこ、と指したのは、私の左手の甲にある、ちっちゃな擦り傷。
「……いやこれ傷というか」
「出血している。危険だ」
「そんな深刻な顔になるものではないから。ほっといても治るから」
言われるまで気づかなかったくらいの傷である。出血といっても、傷口が微妙に赤くなっているレベルでしかなく、周囲に滴れるほどでもない。
しかしフィカルが医者に診せるとか言い出しかねない顔をしていたので、私はポーチから軟膏を取り出して塗っておいた。軽い擦り傷切り傷によく効くこの薬は、色が蛍光ピンクで目立つのが玉に瑕である。
「スーも大丈夫そうだね」
「ギャルッ」
「えーと、アルは……アルー?」
重なり合った大きな瓦礫がぐらりと動いた。ぐぐ、と持ち上がり、それから元の位置へ戻る。
「アル下敷きになってるの?! アル大丈夫?!」
瓦礫を取り除きたいけれど、フィカルが危険だと近寄らせてくれない。
やがて瓦礫が再び動き出し、大きな石のようになっていたそれはモロモロと崩れて土に変わった。その中からズボッと竜の頭が出てくる。
「ピギャッ!!」
「……ピギャッ、じゃないでしょ。怪我がなさそうでよかったけど」
じゃーん、と効果音を付けたくなるような元気な勢いで出てきたアルは、ぶるぶると体を震わせて土を落とす。それから近付いてきた私に気が付いて動きを止め、キュッと小さく丸くなった。
怒っているのがわかったようだ。
「アル、こんな大きな穴開けたのアルなの? さっき足踏みしちゃったから踏み抜いたの? アルはこうなるって分からなかったのかな?」
「ピグ……ピ……」
「廃墟とはいえ数百年経ってる建造物をこんなに壊して、破産したらどうするの? ここでずっと下働きする?」
「ピギェ……ピ、ピエ〜ッ!!」
「そんな赤ちゃんみたいな声出してるけど、竜がいたとき野太い叫び声してたよね」
大きな鼻先を両手で捕まえて言うと、アルはプルプル震えながらピーピー鼻を鳴らした。目を合わせないよう必死に薄目になりながらひたすら体を小さく低くしている。
若干厄介者扱いされている状況で、こんな大きな穴を開けたとなると里を追い出されても仕方ないレベルである。私たちを歓迎していない魔術師たちはもちろん、キルリスさんですら怒って叩き出しそうだ。せっかく招待してくれたのに申し訳なさすぎる。
「これ戻せないよね。ものすごい穴開いてるもん」
「ピギュ……ピギャアウ……」
周囲を見渡すと、家には地下室があったようだ。壁紙や家具のようなものが瓦礫の間から見えている。とはいえ、隣家の地下室との境目も壊れているし、一階部分の地面がぼこっと落ちたので残っていた家具も壊れている。人が住んでなかったのだけが幸いだ。
私が静かにアルを怒っていると、そっとスーが近付いてきた。鼻先を私の手に寄せて擦り寄ってくる。
「スー、アルのことかばってるの?」
そっと紅い鼻先を撫でると、グルッと喉を鳴らしたスーがアルに向き直った。
鼻先を近付け、それから思いっきり噛み付く。
「ピギャー!!」
「ギャオオオッ!!」
「す、スー……」
怒っていただけだった。
鼻先に噛み付き、首筋も噛んで押さえつけ、びたんと尻尾で叩く。アルを教育的指導するスーはよく見るけれど、これはかなりの怒り具合である。
止めようか迷っていると、フィカルがぽんと私の肩を叩いた。
「フィカル、どうしよう。スーめちゃくちゃ怒ってる」
こっくりと頷いたフィカルが、そっと私を竜たちから遠ざける。
それからそっと手に何かを握らせてきた。
「……」
ぶるぶる震える魔草である。
スーのお説教は、フィカルに見守られながらしばらく続いたのだった。




