宵祭1
晴れた日には日光浴をするに限る。
雲一つない空、薄着でちょうどいいくらいの気温、そして歩くリクライニングチェア。
「ググゥ」
「落ちるから、あんまり首を激しく動かさないでね、スー」
ギャウと返事をするように鳴いて、頭から尻尾までを出来るだけ水平に保ちながらスーはゆっくりと歩いていた。その後頭部から背中に向けて、私は仰向けに寝転んでいる。滑り止めにブランケットを敷いているので意外と安定感があり、森に近いところを歩いているため時折木漏れ日が視界に入ってきたりして飽きない。
何よりここはジャマキノコが生えることが出来ない貴重な楽園だ。近くの地面に生えても、すぐにバクリとおやつにしてしまうスーがいるので、万全のセキュリティー体制だといえるだろう。
毎日毎日あのハロウィンに似合いそうなムラサキとオレンジの目玉オバケと顔を合わせていて流石に慣れたものの、突拍子もない場所に出て驚かしてくるところは健在なのである。
私はジャマキノコに驚かされずに済む、スーは背中に乗せたい欲を満たせる。これがWIN−WINの関係というやつではなかろうか。
「あー、スミレちゃんとスーだぁ」
おっとりとした声が森の方から聞こえてきた。見ると、リリアナが手を振っている。マルスとレオナルドも一緒におそろいの籠を背負っているので、何かの採取をした帰りなのかもしれない。
「おかえりー」
「オレたちは働いてきた帰りなのにスミレは昼寝かよー」
「ふふふ。私は正当な休みを満喫しているところなのよ勤労少年」
「……今日はフィカルいないの?」
「ギルドに呼ばれてったの。仕事の話じゃないかな」
私は天気が良いので珍しく同行を断ったのだった。しょぼんとした犬みたいな目で見られたけれど、ジャマキノコのいない空間には代えられないよね。
「ひとりでいると、あぶないのよ〜へんしつしゃにちゅういだって〜」
「そうだぞ! 知らないのか?」
「変質者?」
私は故郷の通学路に貼ってあった「痴漢に注意!」のポスターを思い出していた。そんな物騒な忠告をこの年中お花畑と言って良いような平和なトルテアで聞くことになるとは。いや、夜道は誰もが早寝過ぎて治安の良い悪い以前の話だったりするんだけど。
私が首を傾げると、レオナルドがメガネをクイッとしながら教えてくれた。
「ふしんな人物が最近トルテアをうろついてるんだって……冒険者でも行商でもない人が」
「へぇ、そうなんだ」
「すごく変な人なんだって。だから近付いちゃだめなの」
「まー、スミレもフィカルも十分変人だけどな!!」
「何それちょっと聞き捨てならないような」
一回りほど歳の離れた子供の言うことにしては、ズバッと言うではないか。
私をフィカルやスーと一緒にしないで欲しい。
「だってそうだろ〜? お前ら変わってるよなー。よそから来たからか?」
「でも大丈夫だよ!! スミレちゃんはちょっと変だけど知らない人じゃないから!」
「そうだよ……変だけどトルテアの住民だから、へんしつしゃじゃないよ……」
何故だろう。フォローされてるのに貶されている気分になるのは。
私やフィカルがどんなに変なのかを口々に言い合っている子供達を連れながら、スーはゆっくりと街の方へと帰る。私は色々と反論したい気持ちだったけれど、子供達のお喋りはそこからヒメコリュウのヒメコが最近どうだとか、今日の仕事の依頼人は誰だとか、すぐに話題が変わっていくので訂正する暇もなかった。無念。
そんなこんなのうちに、マルスが声を上げる。
「おっ、フィカルが来たぞ!」
スーもフィカルを見つけて喜びに鳴いたので、私はいきなり不安定になった枕から頭を起こした。普段着に細身の剣だけを付けたフィカルはずんずんと早歩きでこちらへ向かっている。
あっという間に近くに立ったフィカルはるんるんのスーを無視して私を持ち上げ、またずんずん歩き出した。
「私は日光浴中だったのに……」
またなーと手を振る子供達に私も手を振りながら不平を漏らすと、フィカルが私を抱き上げたままぐりぐりと擦り寄ってきた。そんなことでは騙されませんよ。
みにょんとフィカルの頬を伸ばしてみても、フィカルは特に反応することなく歩き続けている。後ろからはスーがひょこひょこと付いてきていた。静かにしていることを覚えたスーは、今や街を歩く姿も住民の皆さんに受け入れられている。もはやゆるキャラとして名乗りを上げても良いのではないだろうか。見た目はいかつい恐竜だけど。
「あぁっいたぁ〜!! フィカルさん〜!」
ギルドの近くまで来ると、ぴっちりピンク色の髪をぴっちり七三分けにした中年のおじさんが汗を拭き拭き走ってきた。と、思ったら、いきなり跪いてフィカルをペコペコと拝み始める。
何この展開。もしかしてこの人が、
「へ、へんしつしゃにちゅうい……」
「違います! 私は怪しいものではありません!」
「役長! 見つけましたか!」
「フィカルさん! どうか! どうか!」
似たような七三分けにした人々がさらに数人集まってきてフィカルを崇めだした。私の知らないところでいつのまにか勇者信仰みたいなのが流行っているのかもしれない。ご本尊が生きているし、フィカルは特に金銭をせびることもしないし、大体の話は無表情で聞いてくれるので中々良い宗教ではないだろうか。
ただ、私のいないところでやってほしい。抱き上げられた状態だと拝んでいる人が一望出来て普通に怖い。
「私達は、カルカチアで行われる宵祭の支度役でございまして……」
フィカルが無視してギルドの中に入ったので、その七三分けブラザーズも一緒に付いて来る。そしてタリナさんが案内してくれた大きい応接間のソファでようやく自己紹介を受けることになった。
どうやらフィカルは今までそこにいたらしく、トルテアのギルド所長ガーティスさんと奥さんのメシルさんもソファに座りいきなり出ていったフィカルを待っていた。
低いテーブルを囲むように四辺にソファが置かれた部屋で、1辺にガーティスさん夫妻、その隣に七三分けブラザーズの代表が座り、その向かいが私とフィカル。抱き上げられたまま座ったフィカルとの攻防を経て、私はきちんと座面に座ることが出来た。
そして余った1辺のソファには、豊かなエメラルドグリーンの髪をした美人が般若も逃げ出す形相で座っていた。
「て、テューサさん……お久しぶりですね……」
「お久しぶり」
非常に低い声で返事をもらった。
もうこの時点で嫌な予感しかしない。
私はさり気なくガーティスさんや七三分けーズの方を向いて話を続けることにした。視界の端に何だかメラメラしたオーラが滲み出ているよぅ。
「えっと宵祭っていうと、今度やるっていう夏のお祭りですか?」
「そうです、スミレさんも初めての参加になりますか、宵祭は1年で最も大きな行事といってもいいもので、二ヶ月後くらいに行われます」
雨季が終わって暑さが日に日に増していくのと比例して、日の長さもどんどん長くなっている。私とフィカルがトルテアで過ごす初めての夏になるけれど、こちらの夏は非常に日が長くなる。
この世界の天体の運行といった事情はよくわからないけれど、1年を通して大体昼と夜が同じくらいの時間で交代している。けれど夏と冬のそれぞれ一ヶ月半くらいの期間だけ、日の出と日の入りが大幅に変わるのだ。大体3週間かけて冬であれば日が短くなり、夏なら日が長くなる。その期間は特に寒さや暑さが厳しくなるのだ。
ピークの日がそれぞれ「大冬」「大夏」と呼ばれ、冬であれば日照時間は4時間ほどになり、反対に夏は夜が4時間程度になる。
それをよくわかってなかった私は冬にいきなり寒い&暗い期間に突入してすごく驚いた。フィカルもいない時期で心細かったのもあって、ギルドの2階に住み込みさせてもらったのだ。
冬は雪も降ったりしていたので特に祭などはなかったけれど、明るい時間が長くなる大夏の日は大きな祭りをするらしい。
「トルテアとカルカチアは合同でこの宵祭を行っておりまして、今年はカルカチアが会場になる年なのです」
王都のように人口が多くない街では、幾つかの街が一緒に祭を行い、会場も順番に変えるというのが珍しくないらしい。七三分けの人達はそのカルカチアでの準備を取りまとめる役目を負っていて、普段はお役所の仕事をしているらしかった。
この世界でもお役人が七三分けをしているのだという事実。誰にもわかってもらえないこの感情は、私の心の中で密かに大暴れしている。
「それで、なぜフィカルを崇め奉っていたんですか?」
「はい、宵祭の目玉である演舞を、フィカルさんに是非やって頂きたいと」
「断る」
なるほど。
フィカルの鋭い斬撃技「断る」をくらった七三分けさんがまたハンカチで激しく汗を拭いた。
「そ、そ、そう仰られるのですが、その、街で最も強い方に勇者役をやって頂くというのが、よ、宵祭の伝統でございまして……」
「そうよ!! 断れないの!」
それまで黙ってオーラを出していたテューサさんがきっと立ち上がって宣言した。
「フィカルが勇者役! そしてその相手が私よ!!」
「断る」
私はフィカルの飄々としている部分は割と好きだ。けれどたまに思う。
もうちょっと空気を読めと。




