魔術師の里特別見学会へようこそ!14
私を上から覆う翼が地面へと近付く。
身を低くしたアルは、暗がりの一点を見つめたまま牙を剥いて唸り、少しずつ後退した。それに合わせて後ずさりながら、近付いてくる光る目を見つめる。
草むらから現れたのは体高3メートルほどの竜。大きな翼と黄味がかった薄オレンジ色からして風を武器とするフウリュウだ。
竜の中でも動きが素早く飛行能力も高い。だからまず逃げる選択肢は潰えた。息の荒さと尻尾の動きから、かなり気が立っていることもわかる。どうやら見逃してはもらえなさそうだ。しっかりと私のことも見ているので、二手に分かれてアルに囮役を頼んだところで狙われるのは私なのは目に見えている。竜は仔竜を襲わないからだ。
とはいっても、仔竜のアルを前にして随分と攻撃的な様子を見せている。
近くに卵か雛がいるのかもしれない。だとするともう片方の竜も出てくる可能性がある。
グルルルル……と唸ったアルの後退が止まった。
大きな脚がグッと地面に食い込んでいるのを見て、とっさに近くの木の影へと飛び込む。それと同時にアルがフウリュウの喉元へと襲い掛かった。
「ギャオオオオオーッ!!」
アルが戦ってる。
ていうか声が野太い。スーより低い気がする。
大きさはフウリュウの方が大きいけれど、アルの体格はがっしりしているので力で圧倒的に負けてはいない。けれど相手は野生の魔獣である。アルの攻撃を横に躱して倒し、今度はフウリュウが細長く鋭い牙でアルの首筋に噛み付いた。仰向けになったアルが足でフウリュウの体を掻こうとする。
「フィカルー!!」
私の声に反応して、フウリュウがこちらに狙いを定める。素早く起きたアルがフウリュウに飛びかかると、薄いオレンジ色の体が共に地面に崩れた。体の下側が泥に沈む。それでもフウリュウはこちらを見ているので、身を翻して走りながら剣を抜いた。
背を押されるほどの追い風で転ばないように気を付けながら、できるだけ木に隠れるように走って、大きな岩の影に隠れる。しゃがむ寸前に振り向くと、泥を体につけたままの竜がこちらへと翼を動かしながら走ってきている。
大きな翼を用いて攻撃する種なのだろう、足は細く脚力は弱そうだ。そのかわり口吻が少し長く、隠れても捕食されやすい。私の剣では翼の薄い部分でも貫通することはできない。
岩に手を付き、姿を隠して剣を握る。
「スミレッ!! 屈んでいろ!」
ひゅん、と矢の飛ぶ高い音がして、それから竜の叫び声が入り乱れた。
しっかりとしゃがんで頭を低くする。ごうと低い音とともに、岩の影が地面に映るほど明るくなり、そして熱風を感じる。
炎を吐く音、唸り声、太い尻尾が幹を打つ音。大きな体が地面に付く重い音に、鋭い爪を剣で受け止める固い音。
激しい音が続く長いような短いような時間を経て、人間の足音が私の前で止まった。
「スミレ、怪我は」
「ないよ……フィカルは?」
ふるふる、と首を横に振ったフィカルは、その返事を信じていいのか迷うくらいに血塗れだった。剣を振って鞘に納め、手を見てごしごしとシャツで拭いてからこちらに差し出す。その手を握って立ち上がると、膝がガクガクした。
「うわ、ヒリュウもいる」
岩に手をついて視線をあげると、朱色に近い体色の竜、その首をスーがちょうど折ったところだった。唸りながら噛みつつこちらを見ている。既に事切れている薄いオレンジの方は、剣で倒したのだろう。
ヒリュウは、交戦を中止してこちらに向かったフィカルたちを追いかけてきたようだ。一度に2頭を素早く仕留めたので、返り血を避けている暇がなかったらしい。
「ピギャオオウッ!」
「アル! 大丈夫だった?」
少し離れた場所で倒れ込んでいたアルが起き上がり、頭から尻尾までをブルブルと震わせた。茶色がかったモスグリーンの鱗から、乾いた泥がぱらぱらと落ちる。
ひょいひょいと歩いてきたアルは、嬉しそうに喉を鳴らしながら擦り寄ってきた。
「ピギュギャッ!」
「怪我は? どこか打った?」
「蹴られて右半身が木にぶつかった」
「ほんと? 大丈夫かな、アルあっち向いて」
「ピギュッ」
フィカルに手伝ってもらってアルの体を押してみるけれど、まだ息の速いお腹のどこに触れても痛がる様子はない。鱗は何箇所か剥がれていたけれど、出血に至っている場所はなかった。口の中も覗いてみると牙が何本か欠けているけれど、大きな外傷はない。フガフガと鼻を鳴らしているアルは、新鮮なエサに意識がいっているようだった。
「とりあえず大丈夫そう。スーは怪我もないみたいだし、よかった」
フガフガと倒れたフウリュウを嗅ぐアルをぐいぐい押しやりながら、スーがギャウとこちらに鳴く。フィカルが倒れた両方の竜の腹に剣でまっすぐ切り目を入れると、頑張ったふたりは嬉しそうにモツを食べ始めた。
「フィカル、助けてくれてありがとう。無事でよかった」
こっくり頷いたフィカルは、ぎゅっと私を抱きしめようとして渋々やめた。血だらけなのを気にしたらしい。ハンカチを取り出して頬を拭うと、じっと大人しくされるがままになっている。
「じゃあ、とりあえず帰ろっか。お肉も充分手に入ったし」
こっくりと頷いたフィカルが、手慣れた様子で竜を捌き始める。私はその周囲で鱗や皮を回収しながら、少しずつ緊張が解けるのを感じた。
ちなみに、フウリュウについていた泥は石化していた。背中にはアルの歯形らしい痕も何箇所かついている。
アルはアルなりに奮闘していたらしい。少なくともアルが抵抗していなければ、まっすぐに狙われて私も無事ではなかっただろう。
「ピーギュッ」
「アル……頑張ってくれてありがとうね」
「ギャピュ」
石化した泥を鼻で突きながら誇らしげにドヤ顔をするアルの鼻先を撫でる。
「でも、この石は落としてね。このまま研究材料にできないから」
「ピギャ」




