魔術師の里特別見学会へようこそ!13
里を囲んでいる白く背の高い塔、その塔と塔の間に、魔術で境界が作られているらしい。見た目には分からず、私やフィカルが通っても何もなかったけれど、魔力の強い竜たちはそこに何かがあるとわかったらしい。
スーは通り抜けると不快そうにぶるりと体を震わせ、アルは感覚が面白いのか境界の間を跨ぐように立ち止まり、頭を外側に向けたり内側に向けたりしていた。
完全にあれだ。大陸で国境に立ってはしゃいでる観光客である。
「アル、やめようね。ほら塔から誰か見てるよ」
「ピーギュッ」
白い塔は最上階辺りに窓があり、そこで小さい人影が動いてこちらを覗いていた。すみません。
「すぐ森に入るので、竜に乗るならここから乗った方がいいかと。コリュウはあの青い木々が茂っている一帯でよく見かけますが、竜がいるなら姿を見せないかもしれません。下手に手を出すと集団で報復してくるので、もしいても見るだけにした方がいいですよ」
「アズマムレコリュウですね。気をつけて探してみます」
「もし大型の竜に遭遇し危険なことになったら、スミレさんたちの竜を長く吠えさせてください。救援を送ります」
「はい」
「一応転移の陣を準備しておくので、逃げる場合はとにかく急いでここまで戻ってきてください。僕の力では人間2人が限度なので、竜は里の外へ置いていくことになりますが安全な場所まで移します」
メルソスさんが杖を握り、真剣な顔でそう告げた。
頼もしい。頼もしいし、ありがたいのだけれど。
「あの、たぶんそんな事態にはならないんじゃないかと。数頭ならフィカルが討伐してくれるので」
「数頭? その……コリュウの話ですか?」
「いえ、こういう普通の竜の。このちょっと大きいサイズなら、最高で一度に7頭くらいやっつけてました」
私に指されたアルが、フガフガと指先を嗅ぐ。
「……一人で?」
「スーやアルも手伝ってましたけど、大体一人で」
「……魔術師でもないのに?」
「はい」
メルソスさんの顔がドン引きに変わる。手綱の準備をしているフィカルを見て、そっと一歩引いていた。ついでに私の方向からも一歩引いた。なぜ。
「でもあの、フィカルはちょっと強いけど普通の人というか、さすがに7頭やったときにはフィカルだって疲れてましたよ! あと私も別に竜が怖くないわけじゃないです! 普通に怖いですから! 普通に!」
「あ、はい。いや、では一応陣を描いて待っているので……お気を付けて」
引き潮のように、メルソスさんとの心理的距離が開いた気がする。それを元に戻すこともできないままに、私はフィカルによってスーの鞍へと乗せられた。同じく鞍を付けられたアルがワクワク顔で翼を揺らしている。
「普通ですからー! 行ってきますー!」
「ピギャオーッ!!」
ガルガンシアなど北西部の人なら「すげぇなお前!」と感心こそすれ、竜を倒せるフィカルにドン引きすることなんてないのに。しかも私も同類のように見られているではないか。誤解である。
滞在中に魔術師の人たちに対する私たちへの認識を改めてもらわなければ。
「ピギャギュオウッ! ギュギャウッ!」
「はいはい楽しいねえ」
「グルオォウッ」
「そうだねえいい天気だねえ」
王都に滞在していたときから今まで、騎乗して飛ぶことはほとんどなかった。そのためかアルもスーも機嫌良く翼を動かしている。たとえ馴染みがない場所でも竜は最強の魔獣であることに変わりはないので、空を飛べばのんびり散歩気分なのかもしれない。
この世界の植物はカラフルだけれど、パルリーカスの里周辺はグラデーションのようになっていて特に綺麗だった。美しく移り変わる色彩は、山の方へと近づくと自然なモザイクへと変わっている。魔術の影響か、人工的に手入れしているのかもしれない。
それでも美しいことに変わりはないので、もしここが部外者立ち入り禁止でなければ、多くの観光客で賑わっていただろうなと思った。
風景を楽しんでいると、後ろで手綱を操るフィカルが口を開いた。
「竜がいる」
「ほんと? あ、あれかな。衝突しそう?」
「ヒリュウだ」
フィカルが手綱を操ると、心得たようにスーが下降し始めた。木々の生えていない場所へと降り立つと、鞍から飛び降りたフィカルが私に手を伸ばす。それから私をアルの方へと促して、素早く弓の準備をしてからまたスーへと乗る。
「見たことないやつ? 大丈夫?」
「倒せる」
「気を付けてね!」
こちらを見ながら頷いたフィカルの目には迷いがなかった。唸りながら飛んだ紅い竜は、あっという間に木々の向こうに見えなくなってしまう。
ヒリュウは気が荒いものも多い。そして炎を操るという性質上、戦うことになると一番厄介な竜でもある。とはいえ、同じヒリュウであるスーは炎の攻撃が効かない。それにスーはフィカルの手足のように自在に飛んでは攻撃できるので、きっとさほど苦労することもなく倒すことができるだろう。
野生の竜についての調査は、街の近くで行われる場合、そのほとんどが討伐も兼ねる。こちらの気配に気付いても逃げない竜は必ず襲ってくるからである。そのため竜の生態についての調査はあまり進まないけれど、人の多い街へと竜を寄せつけないためにも必要なことだった。
「ピギュ……」
お留守番だとわかっているアルは、私をそっと翼の内側に入れて鼻を寄せてきた。ついでに私の足元に生えているジャマキノコも食べている。
「フィカルたち、無事に帰ってくるといいね」
「ピギャ」
長い尻尾が私の周りで丸くなる。よしよしと鼻先を撫でていると、不意にアルが身を起こした。
「アル?」
じっと一点を見つめるアルが、牙を見せつけて唸る。
すると木々の向こう側からも、同じような唸り声が聞こえてきた。
暗がりに光る黄緑色がかった金色の目。
なんかでかいんですけど。
「フィカルーッ!! こっちにも竜いるー!!」
「グルオオオオッ」
私が叫ぶと、向こうも叫んだ。
鬨の声とかじゃないんで返事とかいらないです。