冬のぼんおどり23
大冬の日を挟んで滞在し、ピーク時には4時間ほどにまで縮まった日照時間もほぼ半日に戻った。可能な限り個体の記録も行ったし、病気や怪我をした個体がいないかも調べた。
つまり、そろそろお別れである。
少しずつ荷物をまとめ始めていたので、うちの竜たちは勘付いていたらしい。スーは心なしかウキウキと私たちに擦り寄り、アルは仔竜を事あるごとにきゅっ……と抱きしめていた。グルグルと喉を鳴らしながら抱き合う大小の竜、かわいい。
「もうそろそろ出発かー……フィカル、もう一回だけ浴びてきていい?」
名残惜しく訊くと、フィカルはこっくりと頷いた。タオルを出そうとする手を止めて私は首を振る。
「あ、大丈夫。お風呂じゃないから」
お風呂は朝風呂に入ったので大丈夫である。
首を傾げるフィカルをぎゅっとハグしてから、アルの方へと近付く。
「アールー、気を付けー」
「ピギャッ」
両手を少し浮かせてからピシッと体の両側に付けると、ピクッと反応したアルがピンと 体を真っ直ぐにした。それを見習って、仔竜もぴっと真っ直ぐになる。
「右向いてー、左向いてー、足っ、反対ー」
私の声と手の合図に合わせて、アルと仔竜がぴ、ぴ、と顔の向きを変えたり足を伸ばしたりする。
これらの合図は、私とアルが普段から練習しているものだ。騎乗しての命令ができない分、こうやって合図を教えて共に練習することによって、充分に意思疎通ができるように訓練しているのである。
くるっと回ったり尻尾を上げたり。指示を与えつつ後ろに下がると、アルと仔竜が歩きながらきちんと合図に反応している。
赤ちゃん竜たちのところまで近付いたところで、私はアルに背を向けて踊り始めた。
アズマオオリュウ風盆踊りである。
フィカルの高性能観察眼と記憶力という強力な手助けもあって、アズマオオリュウが温泉郷を造るときの謎踊りはしっかりと記録に残すことができた。
その動きを教えてもらう、かつ、再現して覚えようと頑張っていた段階で私が踊っているとその後ろにアルが続き、さらにアルを真似してまわっている仔竜が並び、何にでも好奇心旺盛な赤ちゃん竜たちがついてきたのである。めちゃくちゃかわいいので毎日踊ってたら、みんな覚えたらしい。
今も、私や後ろについてくるアルたちを見るなり赤ちゃん竜たちがポテポテと近付いてきて半径3メートルほどの輪を作った。アルは相変わらず振り付けにドヤ顔を加えているし、ちっちゃいチームはポテポテ転ぶので振り付けも曖昧だけど、それがまたかわいい。
3周くらいしてから、私はそっと輪の内側に入る。私が抜けても回り続ける仔竜や赤ちゃん竜たちを眺めた。
フガッとドヤ顔を見せるアル、それを完コピしてしまっている仔竜、楽しそうに前の尻尾を追いかける赤ちゃん竜たち。全てが私の前を通っては過ぎ、過ぎては通る。
ここは最もかわいい数値が高い場所。輪の中心点に立つことによって踊り子ちゃんたちから発せられる特殊かわいい波を360度から浴びられるという寸法である。
「あー……癒される……」
かわいい波を浴びることによって、旅疲れ、湯中たり、肩凝り、のぼせ、その他心身の不調が吹き飛び恍惚感に包まれることができる。副作用としてはまたすぐに浴びたくなってしまうほどの中毒性があった。なお、かわいい波は輪の外側へも広まっているため、周囲の成竜ももれなく幸福感に包まれていた。でれんでれんと寝転がって眺める成竜もまたかわいい。
温水浴よりも薬効のあるかわいい浴。
竜愛会で自慢したら、メンバーが羨ましさのあまり寝込みそうな光景である。
「ハー……ありがとう。満たされた。みんなかわいいねえ天才的にかわいいねえ」
クァクァと抱きついてくる赤ちゃん竜たちをひとりひとり抱きしめ、アルにちぎってもらったマシュマロクッションを咥えさせる。大人しく待っていた仔竜も抱きしめてジャマキノコをあげ、アルにも抱きついてジャマキノコをいっぱい口に入れた。ちゃっかりスーとフィカルも並んでいたので、スーは鼻筋を撫でてジャマキノコをあげ、フィカルにはまた抱きついておいた。
運動してごはんを食べた赤ちゃん竜たちを、優しく撫でて眠りへ誘う。アルのおかあさんに後を頼み、他の親御さんたちにも挨拶をしてからスーの鞍に乗った。
ずっと使っていたかまどをアルがモロモロと砂に変えた時点で、仔竜は何か変だと気が付いたらしい。ケェーッと鳴いてアルの背中に飛び乗り、しっかりとしがみ付いた。
「こうなるよね……ううつらい」
壁職人をしていた成竜が、そっと近付いて仔竜を持ち上げる。アルが背負った鞍にしがみ付き、手綱を咥えて抵抗していた仔竜をアルがべろんと舐めると、仔竜は掴まれたままジタバタと暴れる。
ちょうど大きさが出会った頃のアルと似ているだけに、あの頃のお別れと重なってますます胸が痛かった。
「ケェーッ! キギェーッ!!」
「ピギュァウ、ピギョオウ」
大きな目をウルウルと潤ませ、ヤダヤダと暴れて必死に呼ぶ仔竜に、アルは優しく鳴いて擦り寄った。屈んだ成竜の大きな手に掴まれている仔竜にきゅっと抱き付き、スリスリと鼻を擦り付け、それからケプケプとマシュマロクッションを落とす。
もう一度ぎゅうと仔竜を抱きしめたアルは、私たちの方へ一声鳴いてからまっすぐ出口の方へと羽ばたいていった。それに続いてスーも地面を蹴る。
仔竜の悲しく呼ぶ声を聞きながら、私たちは温泉郷をあとにしたのだった。
「ほんの数年前まではアルがああやって鳴いてたのに、成長したねえ」
外はまだ寒い。風邪をひかないよう念入りに野宿の準備をしながら、温泉郷のあった方角を見つめているアルを眺める。
アルも帰りたくないと鳴いてだだを捏ねるかと思ったけれど、随分と大人びた別れになった。仔竜と過ごした時間でまた大人になったのかもしれない。
「日も暮れてきたし、アル呼んでくるね」
焚き火の周りにお肉を刺した串を配置しているフィカルに一言断ってから、こちらに背を向けてじっと動かないアルの方へと近付いていく。
「アルー、あっちに座ろう……アル?」
覗き込むと、アルはボロボロと涙を溢していた。私の方を見てピーピーと鼻も鳴らし始める。
「アル……やっぱり寂しかったんだね?! 我慢してたんだね?!」
「ピェ……ピ……ピギャーッ!!」
お兄ちゃん役をして張り詰めていた糸はプツンと切れてしまったようだ。ぼたぼたと涙を溢しながら私の後ろをとぼとぼとついてきて、火に当たりながら丸まってメソメソメソメソと悲しみ始める。
やっぱり急には成長できないらしい。
「アルもまだまだ仔竜のうちだもんねぇ……お兄ちゃんになっても悲しいよね」
仔竜にはせめて大人っぽさを見せつけたかったのか、後から悲しみがぶり返してきたのか。
また会おうねと慰めると、ピーピーと鼻を鳴らす。
見かねたスーにのっしりと上に乗られながらも、アルは朝までスンスンと泣き続けていた。




