冬のぼんおどり14
お肉とキノコのスープがあと煮込むだけになり、アルがスーの取ってきたモツを美味しく平らげたその跡をスーが炎で掃除した頃、私は寝かせていた生地の様子を見た。
「おおー、いい感じに膨らんでる」
アルと一緒に覗き込んでいたアズマオオリュウがフガフガと嗅いでいるうちに、荷物から瓶詰めを取り出して中身をナイフで掬う。するとアズマオオリュウはそっちを嗅ぎ始めた。出し入れされる鼻息が強い気がする。
「これは竜脂だよ。今から混ぜるの」
竜の脂肪を集めて弱火でじっくり火を通すと、脂が溶け出してくる。それを何度も濾すと、こうして白っぽいバターのような物体になるのだ。
炒め物や煮物のアクセントに使うときは切り出したまま使っても美味しいけれど、濾すと雑味が減って味も無塩バターのようになって使い勝手が良くなる。常温では固まっているので、普通の油やバターよりも持ち運びに便利だ。
「これを入れて捏ねて、それからまた寝かせるんだよ」
フガフガと風を浴びながら一応説明しつつ、私は膨らんだ生地に竜脂を乗せた。畳むようにして捏ねては伸ばしていると、大きな目がじーっとそれを見つめている。背中にそっと触れるのはアルの鼻筋だ。
「ピギェ……」
「まだ食べられないよ」
「ギュピャ」
スーもアルも、私やフィカルの食べ物を味見するのが好きである。自分が食べるお肉を分けてもくれるので、群れの中で食べ物をシェアする習性があるからなのかもしれないけれど、どっちも食い意地が張っているだけのような気もする。
スーとアルに加えて、巨大なアズマオオリュウも味見をしたそうだけれど、果たして私たちの食べる分は残るだろうか。
そう心配しつつ竜脂でしっとりしてきた生地をこねていると、おもむろにアズマオオリュウが立ち上がった。もう飽きたのかな、と見上げていると、巨大な体が足踏みをするように少しだけ後退し、鼻先が砂の地面に触れた。そのままフガフガと呼吸しているのを見ると、大きな鼻の穴に砂が入り込んでそうでちょっと心配になる。
やがてアズマオオリュウは砂を噛むように口を少し地面に沈め、それから持ち上げる。巨大な牙の間からサラサラと砂がこぼれ落ちるのを待ってから、その鼻先を私の近くにそっと近付けた。大きな鼻先がちょっと押してきたのでボウルごと離れると、鼻先も見上げる位置に戻っていく。
私の近くに残ったのは石だった。
「……なにこの石」
発酵して膨らんだ生地より少し大きいくらいのサイズだろうか。綺麗な楕円形で、色は白っぽい。けれど内側から輝くように複雑な色味を映し出していて、それが見る角度によって虹色に輝いた。柔らかく綺麗な色を全部閉じ込めたような色合いだ。
例えていうなら、巨大なオパール石。
その色合いも艶やかな形も、明らかにその辺に転がっているような石ではない。
「え、いやホントになにこの石」
アルも周囲にいた赤ちゃん竜たちも、瞳孔をまん丸にしてキラキラと石に魅入っていた。
いや、綺麗ではある。すごく。でもこの石、何で急に出したの。
アズマオオリュウは鼻先を使ってその巨大オパールを押し、戸惑う私の膝にそっと触れさせる。それから今度は、私が持っているボウルへと鼻先でそっと触れた。
「……もしかして、これと交換してほしいの? このなんかすごく高そうな石と?」
片方の手でパン生地を持ち上げて、もう片方で石を示す。するとアズマオオリュウは大きな目をゆっくりと瞬かせて小さく鳴いた。
「ええぇ……」
何が琴線に触れたのだろうか、このアズマオオリュウはふかふかパンを気に入ってしまったらしい。
「欲しいなら別にあげてもいいんだけど、石は別にいらないよ」
綺麗だけど、石コレクターというわけでもないので貰っても困る。大きいし。
巨大オパールをズリズリとアズマオオリュウの方へと戻すと、アズマオオリュウは小さい声で鳴いてからまた鼻先を地面に触れさせ始めた。
「いやちょっと待って! 他のが欲しいってわけじゃないから!! 大きいの出さないで! わかった! これでいいから!」
アズマオオリュウがさっきよりも大きく口を開けようとしたので、私は慌ててそれを留めた。両手で押し上げるようにすると、巨大なアゴは大人しくそれに従ってくれる。
「……ごめんフィカル、パンあげちゃっていいかな? 私たちのはすぐ焼ける硬いやつにして、ふかふかパンはまた明日作り直そう」
フィカルは鍋をかき混ぜながらこっくりと頷いた。それから巨大石を見つめて言う。
「漬物石にすればいい」
「ああ、そっか……大きい樽買ったもんね」
言われてみるとちょうどいいかもしれない。別にしっかりと重石になってくれたらこんなに輝いている必要はなかったのだけれど。
アルも綺麗さにウットリしているし、赤ちゃん竜も楽しそうに見つめている。まあ、漬物石が派手でもデメリットはないしいいか。
そういうわけで、私はアズマオオリュウのためのふかふかパンを小分けに丸め、フライパンにくっつけて並べて二次発酵を待つことにした。




