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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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春の冒険者たち2

「あーっ!! スミレじゃねえかっ!」


 先程冒険者のたまごとして世に転がり出たトルテアの6歳児12人のうち、班分けされた3人がギルドの説明を聞き終えて私のところにやってくる。3人とも見知った顔で、ほっとしたようながっかりしたような顔を向けられた。


「なんだよぉっ! お前がリーダーなのか?!」


 元気良く人を指差して叫んだのはマルスという少年で、牛乳屋の息子であるために頻繁に顔を合わせていた。典型的なやんちゃ坊主で、どこそこさんの家の風見鶏が竜に魔改造されていたとか、ばーさんの家の植木鉢にゲラゲラ笑うサボテンを植え替えておいたとか、この街のちびっこ全員がある日おでことほっぺに1ヶ月は消えない染料をべったり付けていたとか、そういった主犯は大体マルスである。冒険してただけ、というのが本人談。

 いつでも半袖、ズボンの裾は捲って、サスペンダーの右の留め金が壊れている。鼻の頭の薄いそばかすと燃えるような赤髪がぴょんぴょん跳ねているのがトレードマークだ。


「スミレちゃんでよかったぁ、あのね、すごくこわそうな男の人もいたのよ」


 ふりっふりのレースがふんだんに使われているブラウスにスリットの入った刺繍入りワンピース、その下に花柄模様のズボンを穿いてハネクマのぬいぐるみを抱いているのはリリアナで、水色の瞳にウェーブのかかった薄茶色の髪はお人形さんのようだ。親はこの街一番の服飾店である。上に兄2人、姉3人がいる末っ子のためたっぷりと甘やかされちやほやされ、少し引っ込み思案なところがある女の子だが、仲良くなるとおしゃべりで甘えん坊な一面を見せてくれる。線の細い男性に囲まれて生きてきたので、筋肉の付いた冒険者はちょっと怖いらしい。

 ちなみに「すごくこわそうな男」と言われた私と同じリーダーの立場である男性は、ちょっと強面ではあるものの優しく気のいいナイスガイである。


「……」

「おいっレオナルド! まただんまりかよっ」


 マルスに肘を突かれている小柄な少年はレオナルドで、大きな丸い黒縁メガネに白いシャツ、柔らかな革のズボンは下ろしたてで皺の跡もない。ひょろっとしているが、この子の両親は名の知れた冒険者夫婦だった。特に父親はあちこち旅立っているギルドでも憧れの冒険者的存在で、崇拝しているマルスにはやっかまれることも多い。本人は冒険よりも本と友達というインドア派で、ギルドの事務所においてある本を借りに来ることも多い。深緑の髪色に似て落ち着いた性格だった。


「ほんとにスミレが指導できんのかっ? おれ、もっと強い冒険者が良かった!」

「できるよー。こう見えて私もいっぱい仕事してるし!」

「ええぇーでもお前、“コカゲリュウ”だろっ?」


 じっとりと見上げてマルスは不満そうに口を尖らせた。

 ギルドには「星ランク」という制度があって、冒険者も依頼も0から9までの星を付けられる。星が多くなるほど依頼の難易度は上がって、冒険者は自分が持っている星ランク以下の仕事しか受けられない。

 星ランクを持つ冒険者は、強い光を放つ有名な竜の星座になぞらえて星座名で呼ばれることもある。もっとも高いランクである「星9つ」は9つの星を繋げて作られるコウテイリュウ、そのコウテイリュウ座のそばに光る赤い星ひとつのヒナリュウ座が「星1つ」に対応する。コカゲリュウ座は2つの星を繋げただけなので、私は「星2つ」だった。ちなみにコカゲリュウは正確には竜の仲間ではなく、大きなトカゲである。コカゲリュウが背の高い星取りの木を登りきると竜になる、という寓話から昔は竜の仲間とされていた。

 ちなみに星を持っていない初心者はタマゴと呼ばれる。0だからだ。


「おれ、はやく“星持ち”になりたい!」


 生活に必要なちょっとした依頼、バイト程度で利用しようという場合、その依頼はほとんど誰でも引き受けられる星なし、多くても星2つまでというものなので、ただギルドに登録するだけで充分でわざわざトルテアに来る必要はない。一般的に星3つ程度までは特に訓練をする必要もなく昇格することができると言われている。


 けれどもっと星ランクを上げようと思うなら、ギルドが定めた「昇格依頼」というそのランクに応じたちょっと難しめの依頼を一つずつ受けていくことになる。昇格依頼は討伐任務であることが多いので、受けられるエリアが決まっているのだ。そして星1つと星2つの昇格依頼はこのトルテアがある東南地方の一部でしか受けることが出来ない。ここから北西へ向かうにつれて生き物は強くなっていくので、我こそはと冒険者としての力をつける人間はここから順番に旅をしていくことが多いのだ。


 冒険者のたまごである6歳児がいきなり北西まで旅をするわけではないが、ここトルテアの街まで旅をすることで良い冒険者になるとか、そういう言い伝えがあるらしい。そのため今日出発したちびっこが、これからぞくぞくと到着する日々がしばらく続くということだった。ギルドで働いている他の人は繁忙期の到来にちょっとげっそりしていたが、私はわくわくしている。


「リーダーの言うことをきちんと聞けるっていうのも、冒険者としては重要な資質なんだよ」

「ちゃんと聞いてるだろっ」

「うんうんえらい。じゃあこれから仕事の説明をするからね。リリアナもレオナルドもいい?」


 パーティションで区切られた簡易の会議室で、依頼書片手に真面目な顔をすると、3人が黙って横一列に並んだ。


「これが冒険者ギルドに入るための試験でもあるからね。しっかり聞いて、わからないことは質問すること。勝手な行動をしないこと」


 コクコクと頷く3人を、パーティションの隙間から遠目に大人の冒険者が微笑ましく覗き込んでいる。微妙に気が散る。シッシッと手で払って、涙目で見守る親御さんはそっとしておくことにした。


 初めてのクエストは皆同じものに決まっている。

 いわゆる「収集依頼」と呼ばれるもので、ギルドで引き受ける仕事の基本と言ってもいいものだ。



全地域統一依頼 ギルド許可番号 種別00番号00001

管理地域 冒険者ギルドトルテア分所


依頼者 冒険者ギルド統一本部(登録番号1000ー00000)

被依頼者 冒険者ギルド加入者でランク星2より上の者 1名以上

     加入を希望する者で春分の日に6歳を超えている者 1名以上

報酬 規定報酬(冒険者ギルド規定第1条3項)


依頼内容 竜のウロコを1人3枚採集すること。欠けているものは不可。

     竜の種類に指定はなく、3枚は同じ種類のウロコでなくても良い。


条件 依頼は常にグループ行動で行うこと。

   採集範囲は森の第1エリアまでに限定する。

   依頼開始より3時間以内にギルドに帰還すること。

   リーダーはギルドにおいて所定の研修を受け、所長の許可を得たものとする。(規定第5条)


装備の指定 バセロ・インクの額印、動きやすい服装、魔除けアメを各人に装備する。

      1つ以上の魔除け香を利用し、リーダーおよび星持ちは剣を装備すること。

      星のない者の武器装備についてはナイフのみ許可する。


報酬 冒険者ギルド規定に基づき、この依頼を達成した冒険者ギルド未加入者の正式加入を認める。


以上を冒険者ギルドの許可のもと依頼する。



 依頼書を物々しく全文読み上げてから、ハテナや不安を顔に浮かべたタマゴたちを見回す。


「つまり、これから森に行って竜のウロコを3つ拾ってくる仕事だよ。そして、みんな一緒に行動すること。私の言うことをちゃんと聞くこと。わかった?」

「わかった!!」

「はーい」

「……はい」


 良いお返事。


「じゃあ次にすることは?」

「森に行く!!」

「ん〜装備を確認する?」

「ハズレ! レオナルドわかる?」

「お祈り」

「なんだよっおれだってお祈りくらい知ってたぞっ」


 どこの冒険者ギルドにも、事務所の片隅に小さな神棚がある。神棚には小さな星石のかけらに、聖トトゥの枝を捧げ、そして冒険者達が供えた細々したものがあった。それと共に、ギルド事務所の近くにはその星石のかけらを取った大本の星石も祀ってある。

 星石は旅をする者の守護を司るといわれている。そのため冒険者には信仰の厚い者も多い。特にこのトルテアでは星石は森の入口にあって街のものと森のものを見守っていると言われており、熱心に信仰しているのだ。ギルドではまず仕事の前に祈りを捧げ、仕事が終われば祈りを捧げる。

 神棚の前に立って、二礼二拍手一拝をすると、マルスが不思議そうな声を上げた。


「それ、ギルドのお祈りなのか?」

「お祈りはどんな形でもいいんだよ。私の生まれたところでは、こういう方法があったの」


 神棚という概念が何となく日本と似ているな、と最初は思った。

 ギルドの祈りは形式がなく、それぞれ好きな体勢で祈り、お供えも様々なものがある。

 家ではおばあちゃんが神棚をきちんとお世話していたのを手伝っていたので、なんとなく思い出してお水やフルーツをお供えするとますます雰囲気が出て、そのまま習慣になってしまった。お供えとして鳥居っぽいものも置いたので、ますますそれっぽい。

 リリアナは私と並んで、同じようにぱちぱちと手を叩いて礼をする。マルスは剣を胸に当てて片膝をつく。これも冒険者に多いスタイルだった。レオナルドはしばらく神棚を見つめて、ぺこっとお辞儀。


「初々しくって可愛いねぇ〜はい、バセロ・インク」

「コントスさん、ありがとうございます」

「冒険者に、加護がありますように」


 街の住民でただ1人の魔術師コントスさんが、テカテカに光る碧の液体が入った小壷をくれる。コントスさんは生活の細々した魔術を請け負っていて、人の良さそうな中肉中背のおじさんだがいつも深紫色のローブを被った魔法使いっぽい魔術師である。お弟子さんの1人が今年冒険者のたまごになったので非常にウキウキしているようだった。遠くで「お師匠さま!!」とはしゃぐ声も聞こえる。


「それなに?」

「これはね、魔術で加護が付いた液体だよ。おでこに塗るから、順番に並んでね」

「魔術すげー! スミレ、かっこいい紋章描いて!」

「えっ」


 バセロ・インクは初心者用の簡易な魔術が掛かっているので、特に魔法陣とか呪文とかそういうのは必要ないらしく、私のようなよくわかってない人間でも扱える。液体をおでこにひと塗りするだけでいいのだが、夢見る6歳児はさらっと難題を押し付けてきた。


「えっと……前髪、上げててね」


 悩んだ末に新しい筆を持ってきてしゃがみ、インクを浸けてマルスの額に星マークを描いて中央に「護」の漢字を書いた。この世界の文字はアルファベットに似ているので、漢字はミステリアスに見えるだろう。


「守護って意味だよ」

「鏡っ! 見して! すっげー! かっけー!」

「スミレちゃん、わたしも! 可愛いのにしてね!」

「よしきた」


 マルスの前からしゃがんだまま一歩横にずれて、リリアナの前に立つ。わくわくしているリリアナの額にはハートマークを書いて、「愛」の文字。マルスと手鏡を覗き込みあってキャアキャア言っている。


「リリアナは愛っていう意味ね」

「やったぁ!」

「……」

「レオナルドも」


 さらにもう一歩横にずれると、レオナルドがもじもじしながら前髪を上げた。本を開いたようなマークの中央に「智」と書く。リリアナに見せられた鏡を覗き込んで、それからレオナルドは私を見上げた。


「これはね、知識って意味だよ。これは本のマーク」

「……! ありがとう、スミレちゃん」


 6歳児めっちゃ可愛い。レオナルドは浮かない顔をようやく笑顔に変えて、他の2人は無駄にたむろしている大人たちや他の班の子供に見せびらかしている。初めてのリーダーで沢山練習したしアドバイスも沢山貰ったけど、スタートは上手くいっているようでホッとした。

 しゃがんだまま首だけで振り向いて喜ぶ3人を微笑ましく見守っていると、トントン、と肩をつつかれる。


「ん?」


 振り向くと、目の前に銀色がにゅっと近付く。


「……んん?」


 私の目の前では、フィカルが長い手足を折りたたんで大人しく順番を待っていた。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/08/02)

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[良い点] テンプレではない優しい冒険者ギルドよ [気になる点] おでこに「肉」を期待した心の汚いワタクシ [一言] おいフィカル・・・
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