冬のぼんおどり11
「すごい。ほんとに一昼夜で全部完成したんだね」
あちこち見て回る私たちに付いて回っているアルが、早く温泉入ろうとピギュピギュ鳴いていた。
巨大な温泉も、周囲の温かな岩盤や砂も、たくさん分かれた小部屋も、普段私たちが見ている温泉郷とほぼ同じものだ。盆踊りをしていただけでこんな空間ができたことが謎だし、それをあんな短時間でやりとげてしまったアズマオオリュウたちの能力の凄さにもびっくりである。
「ピーギャーッ!」
「うんうん、温泉行こうね」
ついつい先に調べ回ってしまったけれど、アルの強い主張によって私たちは温泉に入ることにした。
出来たばかりの温泉郷には、盆踊りをしていたメンバーとちびっこたちしかいない。壁の方でなにやら細部の調整をしている几帳面な成竜もいたけれど、ほとんどは温泉に浸かって頭半分出しているだけだった。
「みんな温泉に入ってると、この空間がますます広く感じるね」
普段は温泉も賑わっている上に岩盤に転がったり砂の上でのんびりしている竜も沢山いるので、これから数が増えていくのだろう。広々と使えるのは温泉作りを頑張った竜たちの特権なのかもしれない。うとうとして鼻先まで沈んでいる竜もいた。
「ピギャウ、ピーギュ」
アルは何か楽しそうに喋りながら足踏みをして、私たちが浸かりやすいように浅瀬を作ってくれた。たまにスーへも話しかけているようだけれど、スーはいつも通り壁際の少し高くなった場所を陣取ってスルーしていた。私たちにギャオッと一声掛けると、食事のためか外へと飛んでいってしまう。
「あー気持ちいいー……」
「ピギュー……」
着替えを用意して体を洗い、温かいお湯にゆったりと浸かる。
フィカル、私、アルと並んで温泉を満喫していると、赤ちゃん竜たちもぼちゃぼちゃと入ってきた。ぽんぽこりんのお腹を水面から出しながら、小さな尻尾でぴるぴると泳いでいる姿を見るとますます温泉の効力が上がった気がする。頭を岩盤に預けて力を抜く私たちの真似をしてか、私やフィカルの腕のあたりに頭を乗せようとするちっちゃな姿もまた愛おしい。
「やっぱり大きいお風呂は疲れが取れるよね。ここ入ると、もう外出たくなくなっちゃう」
「スミレ」
「なにー?」
「踊っている」
フィカルが指した先は、温泉の真ん中へ体を向けている私たちのちょうど後ろ側。お湯に浸かっていない赤ちゃん竜5匹が、砂の上でクァクァといびつな円を描きながらぽてんぽてんと転がったり歩いたりしていた。
「えっ……かわ……ほんとだこれ踊ってるよね? 盆踊りの真似してるよね?」
「している」
「えぇー……かわいいー……ちょっとアズマオオリュウの皆さんー! 見て! 見てこれ!」
水面をパシャパシャ叩いてのんびり浸かっている巨大竜を呼ぶと、近くにいたアズマオオリュウが赤ちゃん竜の盆踊りを発見し、その可愛さに鼻息が荒くなってお湯が飛沫となった。かわいい〜と言わんばかりの声を出したので他の竜たちも気が付き、いくつかの竜はすすすすと泳いでこちらへと近付いてくる。
赤ちゃん竜の短い足とぽんぽこのお腹は、まだ歩くのに不向きである。おまけに砂の上ということもあって、気を抜くとコロンコロンと転がる。ぽてんとうつぶせになった赤ちゃん竜は、ちょっとしてから顔を上げ、クァッ? と鳴いてジタバタしながら起き上がる。ぽてぽてと歩いては転がり、鼻先を地面につけようとしては転がり、ちっちゃな翼と尻尾をパタパタさせては転がり、ドヤ顔をしては転がり。最後のドヤ顔、明らかにアルの真似である。
「えええ……かわいい……一生見ていられる……かわいい……」
「ピェギュル……」
楽しそうに踊る赤ちゃん竜たちに魅了された私とアル、およびアズマオオリュウのみなさんはその後もかわいいを網膜に焼き付けようと頑張りすぎた結果、のぼせてぐったりと岩盤に並ぶことになった。後悔はなかった。
「危険だと言った」
「言ってたね……フィカルごめんね、ありがとう」
フィカルが外気で冷やしてきてくれたお水を飲み、起き上がる。お肉を取ってきてくれたらしいスーも、心配そうに私を覗き込んでいた。その尻尾の先はアルの鼻をピシピシしている。
「温泉浸かるのも久しぶりだったから、ちょっと長湯しすぎちゃった。これから気をつけるね」
心配そうなフィカルにそう言うと、フィカルがこっくり頷いてからぎゅっと抱き締めてきた。鼻を寄せてきたスーも撫でてから、のんびりと食事の準備を始める。
「ふふふ……今日はパンを焼こうか。フカフカのやつ」
私が荷物の中から取り出したのは、ロランツさんから送られてきたステキな粉。
異世界産のイースト菌、っぽいものである。