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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
2巻発売記念でまだまだ続くこんな番外編じゃ編
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冬のぼんおどり9

「スミレ」


 最初、夢の中で呼ばれたのだと思った。フィカルがもう二階に行って寝ようと誘っているんだな、と思いつつ頷くと、その動きで毛布が頬を撫でることになって意識が浮上した。

 息を吸うと、ぎゅっと抱きしめられる。ほっぺあたりはひんやりするけれど、体がとても温かいので心地よいくらいだった。フィカルにぎゅーっと抱きつきかえすと、フィカルがまたそっと囁いた。


「盆踊りの動きが落ちている」


 なんですと。

 もぞもぞと寝返りを打つと、足元の方からちょうど太陽が昇ってきたのが見えた。眩しさに目を細めつつ、アズマオオリュウたちを見る。

 円になっている巨大竜たちの動きがゆっくりに見えるのは、私が寝ぼけているからというわけではないようだ。起き上がってその姿を見ながらぐっと伸びをする。


「うー! 風が冷えるね」


 ひんやりした空気にさらされてきゅっと体を縮めると、フィカルがマントを巻きつけた上に毛布も重ねてくれた。あったかさの中に逆戻りである。


「ギャウゥ」

「スー、おはよ」


 伏せたまま体を捻って鼻先を寄せてきたスーは、私が体に抱きつくとグルグル喉を鳴らした。畳んだ翼の下に手を入れると、つるつるの鱗越しに体温が伝わってくる。夏は尻尾の先がひんやりしてて気持ちいいけれど、冬はやっぱりここが一番だ。


「夜のときより、半分くらいゆっくりになってるかな。他に変わったとこはないみたいだけど……フィカル、いつからこの状態になったかわかる?」


 空が白みはじめる少し前くらいに、アズマオオリュウたちが地面を踏みしめる足音のリズムがずれた感じがしてフィカルは目を覚ましたらしい。そこからほんの少しずつゆっくりになってきたそうだ。その他に気になった物音などはなかったとフィカルは教えてくれた。


 アズマオオリュウは巨大なので足音を消しきれないとはいえ、そっと歩いている音は私にとっては眠るのに支障がないほどの音だったけれど、フィカルにはよく聞こえていたようだ。

 ちょっと観察をしてから着替えて身支度を整える。


「赤ちゃん竜たちはまだ寝てるみたいだね。アルもいつもならそろそろ一回起きる頃だけど」


 アズマオオリュウたちが作る円の内側、白いものがこんもりしたそばにいるアルもまだ夢の中のようだ。

 家にいるときはスーが夜明け頃に一度狩りに行くので、いつもその気配を感じたアルが目を覚まし、鼻先を二階の私たちが寝ている部屋の窓へごつんと当てる。ピーピーと鼻を鳴らす音は内側からノックしているよとアピールするとおさまるし、私たちがご飯を食べて外へ出る頃には大体お腹を丸出しにして二度寝しているけれど。


 小さい焚き火を作ってお湯を沸かしながらアールーと小さめに呼びかけてみると、呼ぶたびに尻尾や翼がピクピクする。何度か呼ぶと、のびーんと両手両翼を伸ばしてから起き上がったアルの背中から仔竜がころんころんと落ちていた。

 喉の奥まで見えそうに大きなあくびをしたアルが、私たちの方へと飛んできた。


「アルおはよう」


 私の側へ近付くと、アルがブルブルと震えてそっと顔を私に寄り添わせた。


「いや、全然寒がってなかったでしょ。両足後ろに出してお腹丸々地面につけたまま寝てるの見えてたよ」


 脱力したコーギーみたいな寝方は竜としてどうかと思う。可愛いけど。

 尻尾もでれーんと垂れて、仔竜たちが潜り込んでいたからか翼も力が抜けていた。寒空の下でも完全にリラックスして寝ていたのに、かまってもらおうとわざわざ寒いアピールをするとは。ちょっとお間抜けなところが可愛いアルだった。


 アルは私に撫でられまくって尻尾を揺らしながら喜び、ぶりっこを嫌うスーに鼻先をガブッとやられて慌てて赤ちゃん竜たちの方へと逃げていった。仔竜たちは起きたようで伸びをしたり寝たまま転がったりしているけれど、赤ちゃん竜の朝はまだのようだ。マシュマロクッションの山をフガフガ嗅いだアルが、そっとその上にケプンと小さなひとつを足していた。




 アズマオオリュウたちの盆踊りが止まったのは、私とフィカルが朝食を食べ終わってゆっくりしていた頃だった。かなりゆっくり、一連の動作ひとつに1分くらいをかけるような動きになってから10分後くらいだっただろうか。


「止まっちゃったね」


 やや俯いたまま動きを止めたアズマオオリュウは、喉元やお腹、尻尾の先だけが動いている。見えやすいように伏せたスーの鞍に乗ってそれを見守っていると、真ん中でちびっこたちと遊んでいたアルがすくっと立ち上がって赤ちゃん竜の1匹を小さな手で抱きしめ、ジャンプするように飛んでこっちへやってきた。少し手前でどしんと着地したアルがずいずいやってきて、私に赤ちゃん竜を渡してまた戻っていく。


「クァー」

「おはよう〜まだ眠いの? おめめしぱしぱしてるのかわいいね〜」


 瞬膜で半目になったままうとうとしている赤ちゃん竜を愛でていると、もう1匹、さらにもう1匹とアルが赤ちゃん竜を渡してきた。私が手一杯になるとこんどはフィカルに渡し、フィカルの足元に咥えてきたマシュマロクッションを敷いて、赤ちゃん竜たちを移動させた。他の小柄な仔竜たちも、背中に赤ちゃん竜を乗せて成竜たちの足の間を通り、私たちの近くにやってくる。


「赤ちゃん竜を避難させてるってことは、いよいよ温泉郷ができるのかな」


 マシュマロの山をひっくり返して残りがいないか確かめたアルが満足げに私たちの元へやってくる。それから5分くらい経った頃だろうか。おもむろにアズマオオリュウたちが動き出した。今度はバラバラな動きで、円の内側へと歩いている。


「あ……、おおお」


 アズマオオリュウが鼻先を地面に付ける。そしてちょっと左右に捻りながら少しずつその鼻先を地面に沈める。長い鼻先が半分くらい沈んだところでアズマオオリュウが顔を上げると、そこには穴が開いていた。あちこちで同じような動作をしているので、次々に穴が開いていく。


「すごい、こうやって空気穴を作ってたんだね……土は下に落ちてないみたい。すごいなあ、どうなってるのかな」


 しばらく穴を開けて回っていたアズマオオリュウのうち数頭が、端の方で顔をつき合わせるようにして鼻先で地面に触れている。鼻先を沈めたまま顎を引くようにして、それぞれの竜が後ずさっていくと、やがてそこには大きな穴ができた。






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