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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
2巻発売記念でまだまだ続くこんな番外編じゃ編
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冬のぼんおどり5

 雄大な山脈へ向けて、ほんの少しずつの起伏が緩やかに続いている丘。まばらに生えている木はヒカリホオズキで、その他はまだ枯れずに残っている草花くらいしかない。見通しのいい土地を歩き回って気が付いた。

 温泉郷の穴がない。


「ヒカリホオズキがいっぱい生えてるからここが営巣地だと思ったけど、違うのかな?」


 ヒカリホオズキは山奥や森深い場所に生える木なのに、なぜか毎年アズマオオリュウの温泉郷の近くに群生している。地下温泉を地上に開いた穴から照らす電灯のように都合良く生えているので、アズマオオリュウが植樹しているのではないかと思っているけれど、実際に植えているところを見たことがないので今は仮説の段階だ。


 寒がりなアズマオオリュウが冬越しをするための営巣地は、上から見るとそのヒカリホオズキが植わった場所へ網状に穴が空いているように見える。沢山空いた穴は人なら余裕で通れるけれどスーくらいになると通れないほどのサイズで明かりとりと換気の役割をこなしていた。端の方にあるひときわ大きな穴が出入り口で、そこから中へ入ると巨大な空間が現れるのだ。

 巨大なアズマオオリュウが何頭も浸かれるほどの温泉がメインで、その周囲に砂地や平たい岩場が広がり、アズマオオリュウからすると狭い通路を通るとアリの巣のようにいくつも小部屋がある。もちろんそこもアズマオオリュウサイズの小部屋なので、最低でも成竜1匹が丸くなる程度の大きさがあるため人間でいうと一軒家くらいの面積はあった。


 営巣地は大体同じ山脈近くに作られるものの毎年場所が変わるけれど、構造はほぼ同じである。どうやってあんな巨大な地下施設を作っているのか、普段は方々に散っているアズマオオリュウがどう集合場所を決めているのかなど、まだまだ解明されていないことが多いのだった。


 そもそも竜は体が非常に頑丈なので、雪山の吹雪の中で一冬過ごしてもどうということはないほどの体力はどの種でも持ち合わせている。アズマオオリュウの巨体を北方にまで運ぶのは難しいので実証されたわけではないけれど、冬でも営巣地である温泉郷に集まらないアズマオオリュウもいるのだ。

 赤ちゃん竜を寒さから守るための施設ではないかとも思ったけれど、個体の記録をとっていると同じ赤ちゃん竜でもやってくる年と来ない年がある。


 今のところ、「アズマオオリュウは、寒さに弱くはないけれど寒いの嫌いなので、もしくは温泉が好きなので、わざわざ毎年寄り集まってこんな巨大施設を建造している」というのが私の中では有力だった。スケールの大きい話である。


「これから移動するのかな、飛んでる個体もいるし」

「ピギュ」


 これまで私たちが温泉郷にお邪魔したときは、既に内部には沢山のアズマオオリュウがいる状態だった。今年は来るのがやたら早くなってしまったので、これから温泉郷へ向かう第一陣と合流したのかもしれない。

 とはいっても竜は翼があるので、わざわざ別の場所で集合する意味は不明だ。そもそも集まったアズマオオリュウたちはグループごとに点在していて、たまに鳴き交わしたりフガフガ嗅ぎ合ったりしているけれど、他に交流している様子はない。どこかに飛び立つ様子もなく、それぞれ身繕いをしたり狩りか何かのために飛び立っては戻ったりしている。


「もしかしてこれから温泉郷を作るとか? ヒカリホオズキも不自然に生えてるし、ここに穴があったら営巣地っぽくなるよね? フィカルどう思う?」

「クァッ」


 振り向くと、フィカルが無表情で赤ちゃん竜を抱いていた。


「えーかわいいー!! どうしたのかわいい!!」

「付いてきた」

「うそかわいい!! こんにちはーどこの群れの子? あーかわいいねぇ〜」


 モスグリーンが強い体色に黄緑がかった金色の大きな目、うんと短い鼻、まだ牙もない口から見える舌先は丸く、足は短いけれど太い。仰向けに抱っこされて強調されるぽんぽこりんなお腹と、それに隠れて見えないほどの翼。足の間からピョロリと見えているしっぽ。まだ鱗が発達していないため、柔らかく温かい。

 私を見てはクァッと鳴き、クルクルと喉を鳴らしている。かわいい。かわいい。


「クァウー」

「前に会ったのね? 覚えててくれたんだね? かわいいねえいい子だねえ」

「ケウッ」

「ねえねえフィカル、私にも、私にも抱っこさせて!」


 両手を広げて懇願すると、フィカルはかわいいを渡してくれた。パチパチと瞬いた赤ちゃん竜は、受け取ろうとすると寝返りを打とうとするかのようにポテッとこちらに凭れかかってきた。かわいさがすごい。

 ちっちゃな手できゅっと服を掴み、私の体に向き合ってぴっとり凭れかかりながら、じっと私を見てクァッと小さく鳴く。


「この瞬間のために生きてきた気がする……」

「ピギュー……」


 私の肩越しに覗き込んでいたアルもかわいさにやられたようで、フガフガ嗅いではグルルンと喉を鳴らしていた。

 あまりの可愛さに私の言語能力もとろけ、よちよちいいこでちゅねえとあやしていると、巨大な影が近付いてきた。親御さんらしき成竜のアズマオオリュウが、じっと私たちを見下ろしながらフガフガと風を巻き起こす。

 赤ちゃん竜を抱っこしている私を丹念に嗅ぎ、すぐそばのフィカルも嗅ぎ、アルも嗅いでから、ケプッと白くて大きなマシュマロクッションを落とした。

 どうやら今年も無事におさわり許可をくれたようだ。


 私はアズマオオリュウ研究の第一人者でもある。

 いまだ謎の多い竜の生態を解明せんと志すものの一人として、常に探究心を怠ってはならない。

 でもこんなにかわいい生き物を前にすると、そんなものは風の前の塵に同じだと思う。かわいさを研究するのも仕事だ、たぶん。


「はあかわいい……あっ、フィカル見て! あそこにも赤ちゃん竜が!!」


 小さくても竜は賢い。「なんかあそんでくれたひと」を見つけた他の赤ちゃん竜が、こっちを目指してポテポテドテッとかわいさを振りまいている。付かず離れずを保つどのグループも、それを目で追っては可愛さに巨体をくねらせていた。


 色々謎はあるけれど、とりあえずかわいいを愛でるべきだと思う。私はそう判断して、ポテポテ歩く赤ちゃん竜を観察しまくった。






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